中学生の頃、私は「夢」を見ていた。
それは、コスモポリタン的な夢である。
SF小説が好きな私は、世界国家の夢を国際連合に託し、
いつか、地球が宇宙にはばたく日に、
太陽系国家ソルを盟主国とする銀河系連邦国家ギャラクシーが誕生するのだ!
などと、ある種、ロマンティックな幻想を抱いていたわけなのである。
かわいいといえばかわいいのだが、
このような幻想は、高岡高校に入り、政治経済を学び、人文地理を学び(当時の地理B)、世界史を勉強し出した頃から、次第に崩れ始めてきた。
この頃、いつも隣にいて、賢く私を導いてくれたのが、今も私の大切な友人の一人である経済学者である。
高校2年の頃、彼は、『機動戦士ガンダム』と『宇宙戦艦ヤマト』を比較しながら、
善と悪を区別する基準とは何か?
勧善懲悪というドラマがいかに儒教的で漫画チックで非現実的であるかを
面白おかしく、しかしまた、実に鋭く切りだして見せた。
当時の私は、彼にとってはBSE牛ぐらいに鈍重で海綿体のような脳しかもっていなかったが、
行政システムのマトリクスの世界に生きる現在の私は、
体でその事実を感じ、彼の描写の鋭さをいまさらながら思い出すのである。
さて、前置きが長くなった。
ここのところ、地球環境税やら、移転価格税制やら、OECDのモデル租税条約やら、国際間における課税連携について、さまざまな動きが出てきている。
地球環境税は、地球温暖化防止の関係で提案されたという(寺島委員)。
三つのE(エコノミー、エコロジー、エネルギー)の調和を壊す金融グローバリゼーションの抑止のための課税。その税源を三つのEの調和に向けようというわけだ。
OECDのモデル租税条約は、ここにきて、国際法の法源かどうかが論じられているが、法理論的には単なるひな型でしかない「モデル租税条約」が法源になるとすれば、いわゆる慣習法でなければならない。だが、先進国間の条約が果たして事実たる慣習であるとか、法的確信に支えられているとか、発展途上国の主権をも拘束する効力をもちうるといえるだろうか。数の優位性をもつ発展途上国の比率を考えると疑問を呈さざるを得ないわけだが、ともあれ、このような議論が湧き出てくる原因は、やはり国際間の課税の隙間を潜り抜ける多国籍企業の金融グローバリゼーションを何とかしなければならないという世界各国の焦りが感じ取れる。
我が国においても、コカコーラが移転価格で数百億円やられたのを皮切りに?移転価格の問題が噴出している次第であり、武富士事件もそうだが、資産を国外に移転するテクニックが多用されていることについての当局の取り組みが真剣さを増している。
ガソリン・とうもろこしが上がれば、ここぞとばかりに投機マネーが流れ込み、ますます価格を沸騰させる。
ドルが下がれば、ますます下げるように投機マネーが動く。
株が下がれば下落方向に、上がれば上昇方向に、恐ろしいほどの巨額のお金が付和雷同して動くとしたら?マーケットが極端に動きすぎるのではないか。
損をしたくない。ヒトよりたくさん儲けたい。そのような飽くなき欲望が市場の動きを必要以上に加速しているのではないか。
このようなパターナリスティクな発想が識者たちを支配し始めているようである。
そして、これらの問題は、実は一点集中で解決できることが指摘されている。
それは、通貨の交換の瞬間である。
通貨の交換は、それが交換損益を構成することはともかく、それ自体が課税対象とされているわけではない。しかし、その金額は、一日で300兆円にものぼるという。
FXのように、通貨の交換自体が高度に金融商品化されるようになって、その取引高はウナギ登りに増加している現実がある。
1972年、今から35年も前に、アメリカのノーベル賞経済学者トービンは、変動相場制の将来を講演会の中で語っており、そのときにすでに通貨の交換に対して課税するという国際連帯税(トービン税というらしい)を提唱したという。
証券取引所にはストップ高ストップ安の制度が設けられており、過熱をブレークする仕組みがあるわけで、これを通貨の交換にも取り入れるような考え方だ。過度な投機に歯止めをかけ、一定のレベルに抑えるべきだという議論。
私は経済学者ではないので、このような経済政策を国際レベルで実現していこうという動きを単に興味深いものとして眺めている。
自由を重んじ、規制を嫌うアメリカがどう動くか。
課税権は主権の一部であるから、そう簡単にコスモポリタニズムが実現するものとも思えない。
私の友人はこんな時、どう考えるのだろうか。
彼は自由を何よりも重要視するはずだから、規制はきっと無駄だというのだろう。
私はそこまで極端にはなれないだろうな。
程度の問題はあるにせよ、ストップ安ストップ高はよい制度のような気がする。するな、とまで強度の規制をするのではなく、取引に対して薄く税金をかけるのであれば、納得できるのかもしれない。