インターネットが発達して、本が少なくなるかと思いきや、巷にはかえって本があふれかえっている。
最近は特に安易な節税対策本などがよく出回っているように思える。
中には面白いものもあるが、大部分はちょっとリスキーなものであることに注意が必要だ。
なぜって、世の中、黒と白がはっきりしていることって少ないのです。
また、すし詰めの満員電車のようなもので、一人が無理に電車に乗ろうとすると、別の入り口から人があぶれて出たりしてしまう。
しっかりとした理念と理論武装をしてから、戦いに挑むべきだと思うのですよ。
さきほどパラパラと読んでいた本の中で、気づいた点を2,3述べてみましょう。
①売上の計上時期を遅らせれば節税ができる?
得意先に頼んで、納品の時期を翌期に繰り延べる方法(販売)、工事進行基準と工事完成基準を組み合わせる方法(建設業)などが書いてありました。
確かに、売上高の計上基準だけからすると、まるまる売上の計上時期をずらす効果があります。それはいいな!と飛びつくなかれ。繰り延べた売上に対応する原価はどうしますか?売上が上がらない以上、在庫は決算に計上しなければなりません。つまり、この方法は、粗利益部分だけに効果が限られているということに注意しましょう。また、得意先との合意のあり方によっては、通謀虚偽表示として脱税とみなされる可能性も十分あります。単純なノウハウテクニックと思ってもらうと困りますよ!
②領収書なしでも必要経費に落とせる
所得税・法人税は、収入から経費損失を控除した残りである「所得」に対して課税がなされます。この「所得」というものは、良くも悪くも実質に従って判断されます。ということは、確かに領収書がなければだめだ、ということはありません。ただ、気をつけなければならないのは、消費税の仕入税額控除については、消費税法上、領収書等の保存が必要条件とされており、原則として領収書がないと控除してはいけないことになっています。領収書がなくても大丈夫だ!などと早合点しないことが必要です。
③慰安旅行は従業員と一緒に行けば必要経費に落とせる?
これも、公式的に考えてもらうと危険なものの一つです。10万円くらいまでは従業員と一緒に行けば大丈夫などと単純な発想はいけません。確かに通達には、4泊5日程度で従業員の50%以上が参加すればよいとされていますが、まずは実質が大切です。形式だけにとらわれず、福利厚生としてレクリエーションが必要であった背景事情などこそ、他人を納得させる真実の重みをもつのです。
規定が小難しく、ついつい公式的にパターン化してしまいやすい税務ですが、本当の正体は「税法」という法律です。そこには内容を読み取りにくい難解な文章が幾重にも連なり、黒と白どころかグレーゾーンがたくさんあるのです。
経験上断言しますが、税務調査などで問題が発生したときは、もっとも強いのは信念に支えられた真実です。正しいことは誰が何といおうと正しいのであり、相手が税務署だろうが、役所だろうが、臆することはありません。小賢しくすり抜けて節税するのではなく、理念をもって、堂々と主張を通しましょう。
いずれにせよ、単純な公式思考では、決して敵を納得させることはできません。節税本はあくまでもヒント。注意して読まれることをお薦めします。
しかし、引越しというものは本当にエネルギーを使う。重いものが多かったこともあって、今日はすっかりグロッキーだ。力仕事以外にも、粗大ごみ、家電リサイクルセンター、資源ごみ、公共料金など、段取りが勝負だ。掃除も念入りに行う必要がある。
段取りを間違えると、憂き目に遭う。今回の私は粗大ごみの予約に失敗し、結局粗大ごみまで田舎に搬送した結果、布団のないまま冷たい床の上で睡眠を取った始末。バストイレも先にピカピカにしたため、遠慮がちに使用しなければならない。何事も段取りが大切なのである。
ともあれ、ようやくひと段落したような気がする。
あ、そうそう。今回の引っ越し屋さんは、とっても安くて親切な引っ越し屋だった。うちの弟に紹介されたのだが、ちょっと口うるさいけれど仕事は速いし、親切だ。第一料金がめちゃめちゃ安い。
東京から氷見まで普通いくらかかるか知っていますか?
何と赤帽ランダム君は、ブツブツいいながらも「6万円」だった!
http://f55.aaa.livedoor.jp/%7Erandom/index.html
もう少し払ってあげてもよかったのだが、私が口をさしはさむまもなく、6万円ポッキリにしておきますから、といいながら去っていった。
彼はいい。友達が多いことだろう。美術運送なども手がけておられるようなので、今後も機会があれば使ってあげたいところだ。
監視社会の恐怖―エネミー・オブ・アメリカ
山手線に乗っていたら、「密告に報奨金を差し上げます」という政府系機関の吊り革広告に目を奪われた。知的財産権関係については、日本もベルヌ条約やパリ条約に批准し、WIPOなどにも加盟している。だから、権利保護のための方策も国際的な義務でもあるわけだが、何か危険なにおいがするのは国家的に「密告」を推奨するということだ。
ふと考えてみると、ちょっと危険なにおいのする事件はたくさんある。
独占禁止法の課徴金減免規定。「談合したら、一番に名乗り出て他の談合者を密告しなさい。そうすれば、あなただけが助かります。」
盗聴の合法化、おとり捜査の適法化などの刑事訴訟関係。姉歯事件に見られるように、今の警察は堂々と別件逮捕をおこなう。さらに共謀罪の創設により権限を強化するつもりだ。盗聴法反対の会議に参加した裁判官が懲戒の対象とされた(寺西判事補事件)。
憲法の改正論議。強制されなくても私は愛国心をもっているつもりだ。自衛力を強化するのも、今の憲法でできないわけではない。国民との対話を省略しようとするから話がややこしくなるのだ。
ちょっと人と違った行動をすると、不審者と思われ、即座に警察に通報される。先日も、うちの社員が私の自宅に書類を届けにやってきて、父の帰りを車中で待っていたところ、家内が不審者と勘違いして小さな騒ぎになった。
電車に乗るとき、女性の傍には近寄らない。階段を上るときは足元しか見ない。エスカレータでは携帯電話を触らない。女子高校生とは視線を合わせない。困っていそうな人を見かけても、安易な気持ちで助けようなどと思ってはならない。官報には道端で死後何日もたった人が毎日のように公告されている。
友人の会社に個人名で電話をすると、どんなご用件でしょうかと疑われる。
個人情報保護法や情報開示など、個人のプライバシーを守るという方向性はわかるが、いろいろ行き過ぎのきらいがあることについては誰もがうすうす感じているところではあるまいか。全体的に社会が疑心暗鬼状態に陥っていることは明白である。
IT大手のF社では裏づけのない財務支出をチェックするソフトを開発して売り出すそうだ。疑心暗鬼状態を逆手に取ったビジネスで、商魂たくましいと感じ入った(ひょっとしてやけくそ?)。昔のアメリカ映画でエネミー・オブ・アメリカという管理社会の恐怖を描いた作品があったが、少しずつ少しずつ、日本も友達を信じられない時代に突入しているのだろうか。一つ一つはつまらない笑い話であっても、次第に羊のように飼いならされて、管理社会の中にがんじがらめになっていくような、漠然とした恐怖を感じている。
衆愚政治―多数決の恐怖
もう一つ恐ろしいのは、犠牲者を求める社会心理である。罪のない誰かのひとことが増幅され、巨大なうねりを作る。中国が日本バッシングをしたのもWEBが中心的な役割を果たしたという。限られたマスコミが巨大な社会的権力を持ちえた時代はよほど安心だった。限られたマスコミに報道倫理を説けば結論が出たからである。
しかし、ネット社会は違う。2チャンネルの激烈苛烈な書き込みを見て、私はいろいろと考えさせられた。抑圧から解放された強大なエネルギーがそこには存在している。集団は必ず暴徒化すると論じてさんざん非難された最高裁判決があるが、必ずしも冗談では済まされないような空恐ろしさを今、あらためて感じざるをえない。
組織には、個人と異なる論理があるものだ。仕事柄、官公庁と戦うことが多いが、一人一人は話のわかる人間であったとしても、組織の論理に染め上げられてやってきたときにはそうはいかない。WEB社会は、ハイパーリンクによって本当に蜘蛛の巣(WEB)のように関連付けられ、体系化され、人知の及ばない拡大を続けている。SF映画のようにコンピュータが擬似人格を持つようなことを私は信じてはいないが、恐ろしいのは人心を煽り立て、撹乱し、一方向に人を駆り立てる強大な力である。そしてそれは、普通の人の無邪気なイノセンスから怒とうのように始まるということである。
NHKは、コンピュータでブログなどをサーチし、流行語を常に検索している。国会でも、「国民の」意見として、WEBなどの書き込みを取り上げている。官公庁でも電子政府と称して次々と聴聞手続などのネット化を推進している。常に多数意見が集約されて、それが国民の総意であると勘違いされたとしたら……。
結語―天邪鬼の礼讃
もはや流れを止めることはできない。ボーダレスのアングラ世界は、完全に社会の市民権をえた。私は医者ではないが、ITコーディネータの端くれとして、このIT社会に処方箋を書かねばならないとしたら何と書くか。
それは、個人には多様性があり、十人十色であること、人と人とは基本的に考え方が違うことが当たり前であることを認識することだ。悪いこともよいことも、人によって温度差があってよい。皆が、右へならえで犯罪者を憎まなくてもよい。皆がクールビズにならなくてもよい。皆がワールドカップの話をしなくたってよい。株式投資をしていなくてもよい。タバコをすってもよい。「チョイわる」でなくてもよい。臭いオヤジと女子高生に笑われてもよい。甲斐性がないと馬鹿にされてもよい。借金を返せないで足を投げ出したってよい。カッコウをつけず、どろくさく、はいつくばって、自分の人生を歩むことに目覚めよう。人にあわせるばかりじゃ疲れてしまうよ。
しばらく書き込みができなかった。
ITC富山の委員会活動やら、税理士会の総会やら、夜の活動が多く、忙しかったこともあるが、書こうと思っても書きにくいことが多かったのが主たる原因だ。
書きたいことはたくさんある。豆知識のようなものを書きためて行くこともよいだろう。
ただ、誰かががっかりしたり、傷ついたりするような内容だけは決して書かないことにしよう。
とりあえず、自分がどんな人間かを知ってもらう上で、私の仕事に関するスタンスをすこし書いてみようと思う。
正しいことは正しい
この世に生を受けて以来、適当に紆余曲折を経て今まで何とかやってきた。うちの母には、「お前の人生負けだらけ!」などといわれたこともある。家内にまで「使えない男」呼ばわりされたこともある。
だらしない人間のように思われるかもしれないが、私は物事の本質をもっとも大切にする人間である。世の中には本音だけで割り切れない部分がたくさんあるわけだが、そんな中でも私はいつも本音を大事にする。正しいものは正しい。間違っているものは間違っている。信念は貫き通す。正義は必ず勝つはずだ。
クライアントに尽くす
私を信じて頼ってくださったお客様は、私にとって神様に等しい。全力で、それこそ命がけで、今までも困難な課題にチャレンジして来た。税理士は税務署の手先だなどという方がおられるが、それはまったく違う。
税理士は傭兵である。クライアントのために、もっとも利益になる方法を常に考え、障害はあらゆる合法手段によって撃破する。訴訟も辞することはない。
また、私の経歴や学歴を見てもらえればわかるが、カバーする範囲は企業法務全般である。税金だけの税理士ではない。
おとなしく普通の税理士がお好みであれば、当社は不向きかも知れない。
当社の仕事は、よりよいものを目指し続け、より利益を追求し、今日と違う明日を願う企業にこそ向いている。
企業法務に明るく、グループ全体で30人もの人材をもつ。
最高の知識と人材と実行力をもつ戦略参謀を安価に手に入れたいとき。
そんな企業に当社はぴったりなのである。
とりあえず、法務省から届いた通知によれば、私は、新司法試験のいわゆる
択一試験を合格したようである。
下から数えたほうが早いような劣等生だが、ようやくほっと胸をなでおろしたところだ。
いつもなら、ここまで緊張はしない。緊張した特殊要因は、一科目だけ時間が足りず、最後にマークシートのチェックをする余裕がなかったため、後からずれていなかったか不安になったことである。
実は模擬試験で一問マークミスをしてしまい、ドミノ倒しで以後全問不正解という憂き目を実際に見てしまったという伏線があった。
試験を終わった瞬間から今までずっと、心配で心配で、夜も眠れなかった日もある。
私は受験戦争という言葉がはやったような世代だと思う。
試験には慣れっこで、マークシートやCBT(Computer Based Test)なども苦にならず、自分を受験のプロフェッショナルだと思っていたものだ。その自分が、よもやマークミスをしたのではないかと一月もの間心を痛めるなんて。
よくよく、歳をとったのだと思う。
もはや私の資格遍歴もこれでおしまい。今までいろいろな多方面のことをどんどん手広くやってきた。これからは、幅の広さではなく、選択と集中、深さで勝負する年代になってしまったのだ。
東京のマンションの掃除をしていると、講義のノート類や書き込みなどが見つかる。整理していて、よくわかった。当時の私は、これで精一杯だった。仕事も難題を抱え、それでも寝る時間を惜しんで勉強し、欠かさず授業に出席して、戦い続けた。今見ると、間違えていたり、勘違いしていたりする。しかし、それでも私は当時の私をほめてやりたいと思った。
彼はとにかく自分に甘えず、厳しい頑張りを見せていたからだ。結果を出したのなら、認めてやってもいいじゃないか。
まだ論文試験の発表が9月にある。
だが、今日はとりあえず乾杯だ。
中国ビジネスは刺激的である。
スケールがそもそも日本と桁が違う。
壮絶なパワー。ハングリー精神。資本主義以上に資本主義である思想。人材を含めた資源の豊富さ。
現在では特に五輪を控えて、まさに高度成長期という言葉がぴったりくる。
私はクライアントにビジネスのヒントを提供する仕事をどんどん継続していきたいと考えているが、テーマの一つとして、中国ビジネスの面白さを捨象することはできない。
中国ビジネス研究会をクライアントの中から有志で結成しようか、目的を共同ビジネスの展開と設定して、スキームはうちで提案し(事業体としていかなる形式を考えるかを含め)、クライアント間のマッチングや共同ビジネスを中心に、究極の形としてはお金を出し合い、異業種共同体がエネルギッシュな意思決定機関を形成し、成果を全員で分担することがいろいろできる、というのが私の夢なのである。
税理士事務所には様々な種々雑多なクライアントが存在し、業種はほぼ網羅しているといってよい。これを上手に使わない手はないのだろう。理想形としては、広く門戸を広げて、企画を募集し、それを当社が実行可能な形に作り上げ、ニュービジネスの提案という形でクライアントに提案し、労力を割けるものは労力を提供していただき、金銭出資ができる人には融資若しくは社債、株の購入などの形で出資をしていただく。失敗はみなで分担し、利益が出ればみなにメリットがあるような、商法・会社法の王道を行く投資のあり方を積極的に提案していきたいものである。
クリアしなければならない点は多々あるが、足踏みをしていては進歩もない。私がいつも言うことだが、現在の法制度には、すばらしく多様なスキームが合法的に用意されているのである。LLP然り、会社法然り、匿名組合然り。
今の世の中は、単一のビジネスを営んでいること自体、リスクが存在する。クライアントを守るためにも、またクライアントに適合した自由なM&Aの可能性を提案するためにも、せっかく多数のクライアントがいるのであるから、ビジネスの種をたくさん蒔いて「夢と希望と感動」にあふれた企業経営を実行にうつしていきたいと考えているのである。
とりあえず、中国ビジネス研究会を発足させませんか?アドバイザーとして、私には中国の政界に通じるたいへん優秀な帰化人がいる。日本人だけで作る研究会もいいが、力のある方を中国の実業家を仲間に入れて、いろいろなビジネスの可能性を模索してみたら面白いと思うのですが……。
引越に疲れ、ツタヤで690円のDVDを買って見てみた。
1986年のアメリカ映画で、Power (邦題「キングの報酬」) という作品だ。
豪腕の選挙コンサルタントにリチャード・ギア、先輩がジーン・ハックマン、敵役がデンゼル・ワシントンという豪華キャストで、謀略の渦巻くアメリカの選挙事情の裏側を描いた社会ものである。
金のためならなんでもするはずの主人公が、無名候補者である大学教授に、秘策を与えるシーンに感銘を受けた。
日本もそうだが、投票率自体が小さい場合、大衆を投票所に駆り立てるだけで当選の可能性が出てくる。
前回の衆議院選挙における小泉旋風を思い出させられたものだ。
世の中は結果主義の全盛期。オリンピックも野球もサッカーも結果がすべてで、政治も経済も勝てば官軍。たくさんの犠牲者を出しても、ブッシュは決して犯罪者にはならない。極めつけは、結婚していない女性を負け犬などと呼ぶ。
勝ち負けにこだわりすぎる風潮が強まれば強まるほど、社会は住みにくいところになっていく。この勝ち負けというのがもっと柔軟なものであればよいのだが、国会の討論でさえ、端的にお金のあるなしだけが勝ち負けと明言してやまない。
人々の考え方が自由であってはじめて、資本主義が成り立つのだが(買う人がいて売る人がいるとか、株が上がると思う人がいて株が下がると思う人がいるとか)、思想が一元化しすぎると、市場が成立しなくなってくる。硬直した市場で無理に儲けようとすると、違法行為に手を出さざるを得なくなってしまう。
われ先に利得を求め、損失を極端におそれる。寄ってたかって、むしり合い、つるし上げる。
ことは経済社会だけではない。せっかちになりすぎることは世の中をたいへん危険にするような気がしてならない。
私も結果を求められる職業である。結果は常に大切にし、お客様に利益を導くのに躊躇はまったくない。だが、そのお客様の利益はあらゆる意味で最高で完全な利益でなければならない。一時的なものでは意味がない。
傷つくことをおそれるな。堂々とお客様に意見せよ。
たゆまない努力こそが揺るぎない結果を生むということを忘れてはならない。
損が得を呼ぶことがある。常に大局を見よ。
傷ついてもいいじゃないか。損してもいいじゃないか。馬鹿にされてもいいじゃないか。
本当に大切なもの。揺れながらも、振り子のように糸の先だけを見つめる。日常に擦り切れることなく、そんな人間でいたいものである。
憲法改正論議が政府内に高まってきているが、私は現行の憲法が好きだ。
個人はそれぞれが尊厳なる最高の存在であり、そうであるが故にそれぞれの幸福を追求することが礼賛される(13条)と同時に、みなが対等で平等の存在である(14条)。
幸福は金だけではない。
それだけは確かである。
2年も東京と富山の二重生活をしていたせいか、家に帰っても、会社にいても、何か居場所がない気がする。
こんな気持ちを持っていても仕方がないので、とにかく東京のマンションを引き払うのだ。
片付けを始めたものの、本の多さには気が遠くなる。
本だけで何トンあるのだろうか。熊のように部屋の中を歩き回り、腰がすでに壊れそうになっている。
どうやらこの土日では終わりそうにない。
虫の入った蛍光灯のカバーを外そうとしたら、床に落ちてガチャン!
床じゅうが割れたアクリルでいっぱいに。
これで敷金が帰って来なくなった……。
一気にどっと疲れがやってきて、
やめた。
ビールを飲んでチャングムを見ることにしよう。
どうもダメ人間からしばらく立ち直れそうにない。