医療過誤事件に思う
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医療判例解説という隔月刊の雑誌が創刊されたので、コレクター癖のある私はさっそく第1号から読んでいる。医療事故にまつわる判決を集めて、何かしらの問題提起をするような、社会派のような、実務的なような、スタンスがいまひとつわからないところがあるが、しかし趣旨はよい。また、読みにくい判例をよくも噛み砕いているものである。努力に頭が下がる。
今日は、京都地裁判決平成17年7月12日の判決を取り上げてみよう。
6歳の女の子がじんましんが出て母親に連れられて病院で診察してもらう。医師は、効用のない「塩化カルシウム」を処方する。ところが准看護師がこれを「塩化カリウム」と誤解。さらに、薄めて使わなければならなかったにもかかわらず、原液のまま大量に注射による投与。その結果、急速投与による中毒症を発し、体が麻痺症状になる。心停止状態がしばらく続いたため、脳に酸素がいかず、植物人間になってしまった。
准看護師は、原液のままで投与したことに過失が認定され、薬物の間違いを隠そうとして余計に悪いことになった。医師は、監督不十分、若しくは自分で注射すべきであったとしてこれまた因果関係を肯定された。病院も、債務不履行責任を肯定された。
結論はともかく、損害賠償の金額がやはりすごい。金利を除いても2億3905万1230円である。
内訳は次のとおり。
1.治療費 921,820円
2.付添看護費 1万円×139日=1,390,000円
3.入院雑費 1,300円×139日=180,700円
4.器具購入費 101,124円
5.衣服、紙おむつ代等 62,529円
6.家屋改造費 292,000円
7.専用車両購入費 984,150円
8.将来の介護費用 126,010,045円
7歳児の平均余命は77年だが、当時38歳の母親が67歳になるまでの29年間については、母親
15,000円、父親2,000円の介護費用を積算する(金利分を割り戻すので計算は合わない)。
そして、77年の残りの期間は、職業付添人による介護をせざるをえないから、一日20,000円で積算す
る(これも金利分をライプニッツ係数で割り戻す)。
9.雑費(将来の紙おむつ・ガーゼ等) 7,129,472円
1,000円×365日×77年分(ライプニッツ係数)
10.後遺障害逸失利益 50,359,390円
平成12年の賃金センサスによると、労働者の平均年収は4,977,700円であり、原告は100%労働能力
を喪失している。19歳から67歳まで労働するものと仮定して算定する。
11.入院慰謝料 1,620,000円
12.後遺障害慰謝料 30,000,000円
死亡に匹敵する精神的苦痛である。さらに、医師にも、准看護師にも不適切な対応が見られ、これが
斟酌されている。
13.弁護士費用 20,000,000円
合計されると239,051,230円ということになる。
いろいろ、計算の仕方には疑問のあるところかもしれないが、最近はこんな感じで、結構な額の賠償金が当たり前のようである。
さて、この事件をどう見ますか。
「そりゃ、准看護師が悪いだろう。カリウムとカルシウムなんて名前が似てるんだから、もともと注意していなくっちゃ。それも、希釈しないで原液のまま注射するなんて、問題外だよ。挙句の果てに、失敗を隠蔽しようとしたなんて、許しがたい!」
「医者も医者だよ。素人みたいなやつにそんな危ない薬品を扱わせるなんて。せめて立ち会うくらいのことはしてもらわなくては安心して注射してもらえないよ。」
こんな声が聞こえてきそうだ。
どうぞ安心して。私もこの事件に関してはほぼ同じ意見だ。
私は本件にというわけではなく、医療事件の全体的なことにちょっと意見がある。
というのは、なんでもかんでもあとから証拠をいっぱい持ち出してきて、医者の責任だと思い勝ちではないかという素朴な疑問だ。
もちろん、じんましんの治療に来て、可愛い娘を植物人間にされたのではたまらない。こんな不幸な事故は決してあってはならないことだ。しかし、簡単に医者のせいにされてしまうのでは、医者になる人がいなくなる。また、少しでもリスクがあると、僕はできません、と診療を拒否されることが出てくるに違いない。
遺族の方に、医者を憎むな、というのは無理な話しだと思うが、裁判所は安易に医療ミスだと信じすぎてはいないだろうか。医者の中には潔いあまり、かえって弁明もしない方がおられるという。裁判は、弁明をしないと負けになるのだから、本当はきちんと弁明して欲しいのであるが、専門家責任訴訟においてはあっさりと責任を認め、控訴もしないような事件が結構ある。裁判官も、そのあたりをすこしは考えてもらうわけにはいかないものだろうか。
マスコミもいけないような気がする。何かあるとすぐに騒ぎ立て、下手するとおもしろがっているか、金もうけのネタにしているとしか思えないこともある。 もっと悪いのは、弁明すると、いかにもそれが悪いことであるかのようにメディアの力を駆使して吊し上げる。お医者さんも頑張って、言いたいことを言わないと、次の人が迷惑することになる。正当な弁明は必ずすべきである。
医者の話とはいえ、他人事とは思えない。いつ我が身に降りかかってくるかと思うと、いやなものである。
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相続の仕事はいつも
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どういう巡り会わせか、私は相続税の仕事に縁がある。
東京にいたときは、他にできる人がいなかったせいもあって、相続の仕事を一手に引き受けていた。東京の財産評価はたいへんだ。当時はまだバブル状況が続いており、とんでもない路線価がついていたものだ。コンパスやデバイダで作図をしながら、鉛筆の線の太さにまで気を遣った記憶がある。
富山に帰ってきてからは、それほど件数は多くないが、申告のたびに必ず何か問題が起きる。あるときは通達にもどこにも記載していない、国税庁と環境庁の国定公園に関する申し合わせを発見して、税務署に申告を是認してもらった。前回は、遺産分割の血みどろの争いの渦の中に巻き込まれて、たいへんいやな思いをした。
今回は、というと、これまた面倒なことがいくつも発生してきた。
①最初は、司法書士が作成した土地の売買予約の契約書を発見。ところが法務局の登記済みのはんこがあるにもかかわらず、目的の土地の登記簿には仮登記も本登記も痕跡がない。いったいどういうことか、まだ現在調査中である。相続人の方は、「騙されたのかしら…」とあきらめ顔だ。
私としては、これは仮登記担保契約であり、金銭消費貸借が並存していたのではないかと推測しているのだが、さて、どうしたものか。売買予約などというシブ好みの契約は、法律実務によほど詳しい人でないと思いつくこともないはずである。
②次に、匿名組合とも、出資ともつかないような、妙な商品取引もどきの契約が発見される。本社は新宿の靖国通り沿い。私は弟のマンションの近くであるのをよいことに、ビルの外観を見学してきた。怪しいビルである。中に立ち入ることもできず、外をグルグルと回ってくるにとどまった。さいわい、出資額の9割程度返還してもらえたので、これは単なる貸付金のような扱いで評価しようかなどと考えている。
③極めつけは、表示登記しかない土地が一筆。法務局で確認してきたが、権利の登記が一切ない。どうやら、昔の土地台帳と登記簿制度が二元的に存在したときの名残で、保存登記する権利者を欠いたまま、土地台帳から職権で表示登記されたものらしい。被相続人の名義ならばよかったのだが、まったくの他人の名義のようである。不思議なことに周りの土地はきちんとつじつまが合っているのに、ど真ん中にあるこの土地だけは他人の名義のまま今の今まで誰にも保存登記されずにここまでやってきてしまったわけだ。
地元の市役所で戸籍をたどるも、名前が出てこない。この方はいったいどんな素性の方なのか。今、生きておられるのか、既に亡くなっておられるのか。まったくもってわからない。
このまま行くと、不在者の財産ということになるだろうか。財産の場所を住所とみなして、不在者の財産管理人を家庭裁判所で選任してもらい、その不在者の財産管理人を相手に訴訟を起こし、取得時効を主張して勝訴する。これによって、ようやく相続人は当該土地を自己の財産として確定的に取得することができる。訴訟は時効で完璧に片がつくと思われるので、半年もあればけりがつくだろうか。いずれにせよ気の遠くなる話で、相続税の申告にはとても間に合いそうにない。
うーん。参りました。
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官主導のアービトラージ
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今年の日税連の公開研究討論会はおもしろそうだ。
各単位会ごとに趣向が凝らされ、例年、結構面白くって、私はできるだけ参加するようにしてきたのだが、2年間の大学院生活の間は参加することができなかった。
今年は、豪華絢爛な東京プリンスのパークタワーだし、東京税理士会は比較的レベルが高い。ましてや今年は税制改正が波乱を生んでいる年でもある。参加しない手はない。北陸税理士会から補助が1万円出るということなので、早速申し込みをしておいたところ、書類が届いた。
ところが、だ。あまりこのような行事に参加したことのない父が、これは面白そうだな、などといいながら、抗議も虚しく、書類を持って行ってしまった。ああ、それは私のものだったのに……。
それはさておき、今日は、所得税法上、もっとも優遇されている公的年金の話をしよう。
今日も国民年金基金から電話があり、入ってください、と勧誘された。私は入れるものなら入りたいのだが、人材派遣会社・ビジネススクールを運営している株式会社アップロードの厚生年金に既に加入済みである。国民年金基金と厚生年金は、ともに基礎年金の二階部分ということで、二重に加入することができないことになっているのだ。
入れるものなら入りたいといった。そう。私は公的年金等には比較的喜んで加入する。なぜ?
それは、総合的に考えて、とても有利で安全な投資先だと思えるからだ。
日本がデフォルトリスクがある?それがどうした。日本が駄目になるときは、資産は全て水泡に帰すのだ。そんなことを考えていても仕方あるまい。
それよりも、掛け金の全てが所得控除となるのだ。さらに、もらうときには大きな公的年金控除があり、税金が安い。これがいかにすごいことかおわかりだろうか。
貯金の全てが必要経費になり、もらうときにも税金が格安だとしたらどうか?そんな制度があるなら、借りれるだけ借りて借金で貯金をする人が増えるはずだ。公的年金を払わない人が多いというが、なぜ払わない?払えないのならともかく、払えるならば何をおいても支払うべきであろう。投資として、これほど安全で率の高い投資はありえない。これこそが、ローリスク・ハイリターンなのである。
世界各国を見ても、ここまで親切な課税システムを採用している国はないという。さもありなん。
このような制度は、他にもある。先述の国民年金基金もそうだ。国民年金の加入者の方は付加年金という制度もある。最大限に入っておこう。さらには、小規模企業共済もおすすめだ。最大掛け金は月七万円で年間八十四万円。これがまるまる所得控除になってしまう。仕事に疲れたら退職して一時金をもらおう。退職所得として、これまたたいへん有利な税制が適用される。
私は政府のまわしものではない。一介の税理士であるが、有利なものは徹底的に利用するべきだと思う。事業者であれば、さらに倒産防止共済という制度もある。これは所得控除ではなくて、そのまま必要経費となる。
貯蓄性がありながら、節税効果のある商品群。これらは政府系の機関の得意技である。民間がこれをやろうとすると、目ざとく見つけてつぶしにかかってくる。生保のガン保険や逓増定期保険などはその典型例だ。官僚国家日本。アービトラージ(裁定取引)は官主導のみがお好みである。
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職業探検
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かわいい高校生たちがやってきた。
高岡南高校の生徒が13人。高岡商業の生徒が4人。総勢で17人だった。
サムライ業について、どんな資格がある?と聞くと、真っ先に出てきたのがやっぱり弁護士。
その後は、あまり答えてもらえなかったので、会計士、社会保険労務士、司法書士、行政書士、などを列挙し、それぞれの仕事の特徴を説明する。
それぞれに共通するのは、専門性・独立性・公正性だと思う。
独立とは、誰からの指図も受けず、法律にのみ拘束されること。私は他人から指図されるのが嫌いである。このような自分勝手な人間は、サムライ業につくしか能がない。
公正とは、独立の反面として、自らの責任をもって判断するということであると認識している。
大学院でfiduciary(フィデュシャリー)という言葉を習った。
日本語にすると、なかなか難しい。「信認」とか「信任」などと訳されているようだ。東大では、英米法の樋口先生が「信認の時代」という書物を著されている。これは、もっと広く、かつ高度な義務のようだ。
フィデュシャリー・デューティをもつ職業を列挙せよ、と先生に当てられて、私はわざと「税理士」や「取締役」を挙げてみたが、樋口先生は優しく、「一般に日本では、弁護士と医者だけではないか」と諭されたことを覚えている。
サムライの説明をした後は、税理士の業務内容を説明。
日常的なルーティンワークと特殊業務という区分。
実質的には税法をつかさどる法律家の側面と会計をつかさどる会計の専門家の側面を併せ持つ。
弁護士や公認会計士と比べると、格が低いような反面、企業経営者と密接な側面から経営コンサルティングに長け、国家的な利益よりも企業家の利益を重視する。道を踏外せばライブドアの宮内氏のような魔道に落ちかねない危うさもある。
この辺りの微妙なバランスを、法は独立と公正という言葉で表現しているのではないだろうか―。
こんなことを滔々としゃべり続ける私を、高校生たちは居眠りするようなこともなく、真っ直ぐに見つめていた。
私は税理士という職業に誇りを持っている。
たとえ私が9月に司法試験に合格したとしても、司法修習で裁判官や検事に任官したとしても、弁護士になってビッグビジネスに関わることがあったとしても、それでも私は税理士であり続けようと思っている。
それは、小さな富山県というコミュニティの中で、生身の他人と触れ合うことにとてつもない感動があると思っているからだ。
敷居の高い弁護士は、自由と正義の番人であり、それゆえに庶民からは一歩引いたところにいることこそが求められている。それが「法曹倫理」というもののようだ。
しかし、どうだろう?お客様のふところに飛び込まないでいて、お客様の本当の気持ちは理解できるであろうか。法律を通して社会を見るのではなく、社会を法律に当てはめればよいのではないだろうか。
自分を含めて、人間は悲しいくらいに「小さきもの」だ。
たった一人の女の子を好きになってしまってどうしようもなくなる。
わが子を大切に思うあまり、世間体などどうでもよくなる。
小さなプライドを満足させるために、大損をしてしまう。
お金がほしくて、つい悪いことに手を出してしまう。
そうかと思うと、泳げもしないのに溺れた子供を助けようとして自分が溺れる人がいる。
あの人もこの人も、人間とはかけがえのない、いとおしい存在だと思うのだ。
「小さき者たち」よ。
自分は何様だと思っているの?なんて怒られるのかもしれないが、私も小さきものの一人だ。許してほしい。
ともあれ。よごれきったけがれたおじさんの話を、澄んだ目で見つめていた高校生たち。私は君たちに心からエールを送ろう。最終的には、どの職業についても同じことだ。手に職、などと小賢しいことがよく言われているが、私は知っている。どの未来も明るくもあれば暗くもある。一方的に明るい未来や暗い未来があるのではない。卑下したり、尊大になったりする必要はない。どんな道に進もうと、君たちに待っているのはいずれにせよ波乱万丈の人生だ。
だからこそ。後悔のないように、自分で自分の道を選びなさい。
自分の頭で、自分の手で、自分の足で、精一杯考え、手探りで道を歩みなさい。
しっかりと前を見て、前人未踏の荒野に一歩を踏み出しなさい―
高校生たちの純粋さに触れ、少しセンチメンタルになってしまった。
自分にもあんな時代があった。
その後、些細なことで傷ついたり、落ち込んだり、時には燃え上がり、時には意気消沈した。いつの間にか、世俗の垢にまみれたけがれた大人になった。
もはや私も41歳だ。
「不惑」とは、なんとも重い言葉ではないか。
脈絡のない文章だが、校正をするのはやめておこう。これでよい。ほとばしる言葉のままにここに書きとめておくことにする。
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フィッシャー・ブラック
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金融工学者 フィッシャー・ブラック
一本の数式が世界を変えた
ブラック=ショールズの公式を知っている人はどのくらいいるだろうか。
私もファイナンスについては現在勉強中で、ルーエンバーガーの金融工学入門を読んでいるところだ。
この本は、ブラックの一生をドラマのように描ききったもので、経済学の知識が一般教養レベルの私にはいまひとつ理解できなかった部分もあるが、それでも興味深く一気に読むことができた。
本来あるべき所得税とはいかなるものであろうか。
私は税金馬鹿なので、どうしても頭が租税の方に傾いてしまう。
ブラックは価格の高低を見抜き、裁定取引をして確実な収益を出すのが得意だったようだが、その前提としては、租税が中立であることが大切なのではないか。
日本の租税法は、直接的に市場をコントロールしすぎる。例の役員報酬が典型例だ。法人の役員報酬を固定化しようとしている。このように直接的な規制しかできないのは、無能無策であることの表れではないだろうか。役員報酬による税収のゆがみはもっと緩やかな方法で簡単にコントロールできなかったであろうか。会社法が役員報酬が原則として費用であることを宣言している一方で、役員報酬が費用にならないような法改正を堂々とする無神経なやり方が今もって信じられない。
数字の話―法人企業統計季報 第1四半期
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法人企業統計季報平成18年1~3月期調査が財務省から発表になった。
以前より言われていることではあるが、やはり大企業の躍進と中小企業の低迷という図式が成り立ちそうだ。売上高についても17年第4四半期に引き続き、資本金10億円以上の企業は前年同期比7%増。経常利益については19%増である。それに比べて資本金10億未満の会社はパッとしない。売上高はわずかに増加しているものの経常利益に至っては前期比7%減くらいである。
業種でみると、原油の値上がりを受けてか石油石炭の製造業が堅調である。末端のガソリンスタンドが低迷しているのと裏腹で、元売りと消費者の狭間で苦しむ小売りという構図だ。自動車等の製造業は売上は約1割増だが経常利益が70%増となっている。自動車の北米市場が好調であるというのは本当なのだろう。不動産業も引き続き好調のようだ。売上・経常利益ともに20%増加。東京では大型ビルの建設が引き続き強い。その辺を反映しているのだろう。電気機械の伸びもすばらしい。売上は14%増。経常利益に至っては43%増である。富山県内の松下関連企業の動きが活発になっているのが想起される。
どんどん落ちているのは運輸業。やはり原油高に絡むコスト高か。売上も前年割れが続いている上、経常利益の落ちは39%にもなる。他には、製造業で食品・化学が悪く、非製造業では飲食含む販売が不調だ。
設備投資は情報関連を中心に堅調であると思われる。全体で14%の増加。昨今の個人情報保護、機密漏えい事件など損害が大きいので、情報資産に関する設備投資の必要性に迫られているところも多いだろう。背に腹は変えられないといったところで、このような設備投資は今後も堅調に進むだろうと予測している。
借入額の減少が1割程度進んでいるのも特徴だ。現預金なども減少しているので、バランスシートを全体で圧縮している傾向が読み取れる。その証拠に自己資本比率が年々向上している(現在33%)。ムダを省き、スリムで筋肉質な体型に変化させようとしているのである。
感覚的に納得のいく統計結果であった。だが、統計はあくまで統計。企業の業績はもちろんファンダメンタルな業界事情の上に乗っているのであるが、それ以上に、個別の自助努力が何より大切である。中小企業にはつらい時代になったものだ。かつて搾取する立場であった大企業が、今や対等なライバルになってしまったのであるから。
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庭のカラス
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カラスがいる。
朝、大量に資源ゴミを出した後、つかれて書斎のベランダでボケッとしていると、じっと視線を感じた。
ふと見やるとそこにカラスが。
カメラでは遠く感じるが、実は目と鼻の先である。
彼?は、小首をかしげながら、小雨の中ぬれそぼりながらも興味深げに私の姿を眺めていた。
私はあまり彼?に好感を持っていない。
なぜなら、たぶん眼下に見えるうちの家庭農園のトマトやイチゴを、もっともおいしそうなやつから食べていく不届き千万な輩がこの彼?であると思われるのだ。
無断で住居に立ち入り、他人の財物を窃取するのであるから、人間ならば刑法130条の住居侵入罪と235条の窃盗罪が成立する(両者は牽連犯として54条の科刑上一罪となる)。
しかも常習性がある。私が快く思うはずもない。
もちろん、同一人物?である証拠はない。刑事訴訟の分野において、面通しをするときは、複数の人物を並べて、誰が犯人かを指摘するのが常識であり、単一人物を面通しすることは原則として不適切であるというのが最高裁の判例である(板橋強制猥褻事件:最判平元10.26)。まして私の眼力でカラスの個性を見分けることなど不可能である。
つまらないことを考えながら、視線をそらし、別のところを見ていると、「カー!」と大きな声でいきなり鳴く。傍若無人の振る舞いに、さしあたり写真を取らせてもらった。肖像権の主張をすることはあるまい。どうどうとアップさせていただくこととした次第である。
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秋葉原神田お茶の水の散歩
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秋葉原はおもしろい街だ。
UDXカンファレンスという、超近代的なビルが駅前にドカンとそびえたち、駅前の広場は人であふれかえっている。その人の多様さがこの街の特徴だ。
一見してメイドカフェのキャッチセールスとわかる派手なコスチュームの少女たち。いかにもありえなさそうなセーラー服。しっぽのついた超ミニのスカート。猫耳のカチューシャ。「ご主人様」という声。
その少女たちを取り囲む、異様な携帯カメラ集団。これがいわゆる「オタク」か。普段見かけないタイプの人々がわんさかといる。
周辺を歩くと、一転してごみごみとした老舗の電気屋さん。道にあふれた商品群は素人にも面白そうに見える。デモ機でゲームをする若者たち。「熱烈歓迎」「DutyFree」の文字。外国人の人口密度が高い。そう。ここは東京の新観光名所でもある。そこここに電化製品の箱を抱えた人がいる。
晩飯を食べようと、万世橋から昌平橋を超えて神田から御茶の水に向かう。歩いたって充分近いのだ。神田川のほとりを歩いていると、人気のないところにダンボール街を発見。焦点の合わない目で何かを見つめている人々。最近の浮浪者はよい身なりをしている。普通に歩いていれば、浮浪者とはわからないかもしれない。ダンボールに住み、道路に寝てうつろな瞳をしているので、これは浮浪者だろうと判断しているだけだ。
お茶の水で目的のカレー屋さんに到着。明治大学のそばにある「エチオピア」というカレー専門店だ。私は学生だった頃からこの店がお気に入りだった。大学院時代も本郷キャンパスからお茶の水が近いこともあり、体が調子が悪いときは私はこのカレーを食べるようにしていた。とにかくスパイスだけで作り上げた丁寧なカレーがすばらしい。
辛いのが苦手な方はやめた方がよいだろう。私はいつもは3倍の辛さを選ぶのであるが、今回は初チャレンジで何と10倍を試みた。常連はたいていが10倍以上を注文しているようだし、最高は何せ70倍まであるのだ。食べてびっくり。いつも毛穴から汗が吹き出て、とても健康になるのだが、今日はいつもに増して胃がびっくりしているようだった。10倍もすばらしい。あたまの毛穴までが一つずつ開かれていくのを感じたような気がした。体の中が風通しよくなるような不思議な快感。これは辛いのではないのかもしれない。この店はいつかブレークしそうな気がする。20年近く通っているが、最近は常連らしき人が増えた。高田馬場にも支店ができたようだ。スパイスの魔力に取り付かれた人が増えることを期待する。
すっかり満足して三省堂書店へ。新刊をみつくろって会社に宅急便を頼む。買いすぎたと反省しながらボーっと歩いていると、おやもうホテルだった。
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