いよいよ、運命の日が迫ってきた。
明日がその日だ。
僕は、自らのすべてを賭けた。
いまさら、何をいうこともない。
何をすることもかなわない。
だが、この世に神というものがいるなら、僕のたった一つの願いをかなえてほしい。
思えば、いろいろなことがあったものだ。
学生のとき、東京大学法学部を受験して落ちたとき、僕は人生が終わったような気がした。
そのあと、崩れていく自信を取り戻すきっかけになったのが、司法試験だった。
法律が好きになった。これなら、自分にも何かよいことができるような気がした。
だが、当時の僕は、好きなことしか勉強していなかった。
得意なことだけ勉強して、僕の知識は穴だらけだったように思う。
試験には、知らないことしか出ない。
僕は再びボロボロになった。
塾講師などしていれば、結構な収入になった。
僕は、今で言うフリーターの先駆けである。
子供たちには結構人気があって、塾の看板講師になってしまった。
できない子をできるようにするのがうまい、というふれこみで、結構親御さんからも評価が高かった。
自前のテキストまでワープロで作り、文系のくせに数学を教えるのがもっとも得意だった。
法律への情熱が、結局は薄かったのだ。
腐っていく僕に対して、優しい母も、「お前の人生負けだらけ!」「負け犬!」などと怒ってくれた。
父は、僕に、受からなかったら、やめて税理士になる誓いを立てさせた。
僕は、あっさりと賭けに敗れて、税理士試験の勉強を始めた。
税理士試験は、僕を叩きなおしてくれた。リハビリには最高の試験だった。計算あり、法律あり。
テストはまるで百メートル走。
はじめ!の合図とともに、スタートからダッシュする。
僕は徹底的に試験を攻略した。
電卓は左手打ちにした。右手で字を書きながら、左手で計算する練習をした。
電卓の打ち方も極めた。予備校で教えてくれるのをさらに発展させ、まったく無駄のないように、グランドトータルやメモリを自由自在に使う。徹底的に鍛え抜かれた計算方法を開発し、計算問題を確実にクリアする。
さらに、論文を書くスピードを飛躍的に向上させるべく、予備校のサブノートをB4で150枚も丸暗記した。嘘だと思うだろう?本当だ。かぎカッコや句読点の位置まで、完全に丸暗記していた。我ながら、あの記憶力は化け物じみていたと思う。問題を見た瞬間に、答案構成が組みあがる。書くスピードを向上させるために一文字一文字、略字も開発した。論文は普通の人は50分かけて二問書くが、僕は、25分で2問書けた。それも、与えられるB4の罫線紙を5枚全部使う。字数にしておそらく4000字強のはずだ。1秒に3文字程度書かないと、このスピードは出せない。論文を他人の2倍のスピードで書ける僕は、計算問題に他人の1.5倍の時間を費やすことができたわけだ。
そんなこんなで、消費税の模擬試験では、6回連続で百点を取り、先生にうなぎをご馳走してもらったこともある。全国模試でも成績優秀者に必ず名前を連ねていた。
税理士試験に通ったとき、本当にうれしかった。
東大に落ちて以来、はじめて自分で勝ち取った合格だった。税理士登録したとき、それで誓いを立てたのだ。「僕は最強の税理士になる」とね。税理士会ではずいぶんからかわれたけれど、今でもその気持ちは変わっていない。
同時に、試験に合格するためにはどうしたらよいのかが、見えた。自分が司法試験に合格できなかった理由もわかった。税理士試験での自分は、限りなく貪欲であった。あらゆる分野をもれなく勉強し、穴など一つもなかった。問題の紙が落ちていれば、拾って問題を解いた。受かるために、徹底的に試験中の体の動き方を研究した。
今回の司法試験では、自分なりにかなり工夫をしてみた。
事務所の確定申告を手伝っていた僕には、勉強時間がなかったのだ。
東京のマンションに戻ったときは、すでにあと50日しか残されていなかった。
最初に作ったのは、日めくりカレンダーだ。
次に、教材を選んだ。時間がないから、最小限に圧縮されていて、なおかつ正確なものでなければならない。これは、有斐閣の判例六法が最適だ。条文は正確だし、判例は自分が習った教授陣が厳選したものだ。一番よいのは、たった一冊で足りるということだ。50日間、ひたすら判例六法を読む。読みふける。これしかないと思った。
最初から、論文試験は捨ててかかっていた。40歳を超えて、反射神経が鈍っている自分は、択一試験がすべてだ。択一に合格できなければ、最初から論文試験にたどり着くこともできない。旧司法試験とは異なり、新司法試験は、択一が非常に困難なハードルである。20秒やそこらで○×を判定し、マークしなければならない。それを1日に800回繰り返すとしたらどうだ?まるで車のブレーキとアクセルである。まして問題がそう簡単ではない。それで、私は最初からすべてを択一試験にかけ、論文試験はプロパーでは勉強時間をまったく割くつもりはなかった。
選択科目は租税法だ。勉強しなくたって、解けるはずだ。解けないくらいなら、税理士を辞めろ。他の科目は、東大で鍛えられているはずだ。択一の知識があれば、論文で落ちるはずなどない。
生意気に聞こえるかもしれないが、このくらいの気迫がないと、択一の勉強しかしないという恐怖感を克服することはできない。配点は、択一試験の4倍が論文に当てられることはわかっていた。それでも、私は論文を捨てて、択一に全力を尽くす。そうでなければ、私は択一試験に合格することはできなかったのだ。
択一試験に全力投球することを決めた私は、毎日毎日、寝ても醒めても判例六法を読んでいた。執念というか、飽きっぽい自分がよく辛抱できたものだ。模擬試験も最小限に抑えた。TKCの全国模試以外は何一つ受験していない。予備校にも通わず、気味が悪いほど、規則正しい生活をした。
会場が遠かったので、五反田にホテルを1週間かりた。試験期間は、5日間の長丁場だ。滞在型のホテルは、洗濯乾燥機もあって、快適だった。ルームクリーニングも一切なし。完璧に邪魔が入らない環境を作ることができた。ここまでやって、落ちたのなら、誰のせいにすることもできないだろう。自分自身の不徳の致すところだ。
今だから言うが、東大の大学院はつらいところだ。甘えた気持ちで、何となく行けるような場所ではない。先生たちは本当に厳しい。厳しさが愛だとわかっているのだろう。私も、いくつかの科目で辛酸を嘗めさせられた。評価が本当に辛い。また、周囲の学生たちもさすがによくできる。頭が違うのだな、と何度も思わせられた。僕は、凡才である。努力の人である。
いよいよ、時間が近づいてきた。こんなことを書いている間にも、刻々と運命の時間が近づいてくる。
To be or not to be、ハムレットになった感じだ。
許されるものならば、僕は証明してみたい。
努力が必ず実るものであること。
思いが強ければ、きっと願いがかなうこと。
真摯さは、つねに報われるものであること。
もちろん、僕の人生の目標は、これで終わりというわけではない。
それなりに苦労してきた体験を生かして、
他人に夢と希望を与え、
そして、命ある限り、その夢と希望をかなえる手助けをしたい。
正義の光で、人々の足元を照らし、生きる道しるべとなる。
そんな弁護士になってみたい。
ああ、長くなってしまった。読んでいただいた方、お付き合いくださってありがとう。
あと16時間ほどすると、運命が決まる。
今日は眠れるだろうか?
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