五月は―――
行ってしまうのか。
凝然と立ち尽くすのみ。
仕事をこんなに抱えたのは生まれて初めてである。
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため
高村光太郎「道程」
何度読んでも、素晴らしい詩だ。
鮮烈で、壮大な景色が目に浮かぶ。
未知の世界へ、歩を進める勇気を僕に与えてくれる。
時代は日々刻々と変化している。
世界はめまぐるしく様相を変える。
人々は私についていろいろ批判をするようだ。
ときに、耳に入ったり、感じたりすることも多い。
しかし、私にはどうすることもできない。
私は―これ以上、全力を尽くすことができない。
というか、これ以上、尽くす力が残っていない。
政府の動向や国会の動きなどを見ながら、常に最新の情報を収集し、その業界ごとの統計・雑誌の記事や時にはゴシップネタにも網を張っている。
別のお客様のニーズやセールスポイントも適宜組み合わせ、お客様にお会いした時は徹底的に提案する。
口調はいささか、厳しいかもしれない。
ほめちぎり、突き落とし、はげまし、叱咤する。
これも私の仕事だ。
お客様が私に望むのは、こういった厳しい言葉であることが多い。
その意味では、担当者と私とでは仕事がまったく異なる。
担当者は、正確に、誤りなく、遅滞なく、業務を進捗させることが望まれる。
私はお客様に損をさせず、得をさせる選択をさせなければならない。
担当者は、プロジェクトリーダー(現場監督)であり、私はパートナーであろう。
お客様がいる世界は、現実の厳しい世界である。絵空事では済まされない。
へたなアドバイスはかえって迷惑だ。
事業主として、お客さまと同じように資金繰りで悩み、売上を増やす方法で知恵を絞り、内部統制で苦労している私であるからこそ、お客さまに厳しいことを平気で言うのだ。お客様も、私の意見であればこそ、聞く気が起きる。私は会社を辞めることができないのだから。
さらに、そのお客様ごとの的確なアドバイスというものがそれぞれオリジナルであり、しかも苦労して集めた情報の集約によって成り立っていることを理解してほしいのである。何も好き勝手に思いつきを述べているわけではない。
以前に述べたように、自分の言葉の重さを知り、実際にはとても怖いのである。
私はお客様とはパートナーの関係にある。お客様が繁栄すればこそ、私もおこぼれに頂戴できるわけだ。お客様がしょぼんとしていれば、私もしょぼんとしているしかない。
最初にお会いする時、私は言うことにしている。
隠しだてをしようなどと思わないこと。
いいことも悪いこともひっくるめて、全部私に預けること。
そうすれば、私も全力を尽くしてよい仕事をすることができる。
きっと一生のお付き合いになりますから。
うちにかかわった方々には皆、幸せになってほしい。
もう少し自信がついたら、
幸せを創るお手伝いをする会計事務所
などと名乗れたらいいな。
昨日、今日と白樺湖畔に行き、松本で藤原道山&SINSKEのコンサートを聴いて帰ってきた。
本当は、東京へ義母の見舞いに行ってくるつもりだったのだが、
「お気持ちはうれしいが、人に会いたくない」
という義母の強い意志に阻まれ、予定を変更した次第だ。
人に会いたくない、誰とも話したくない、独りぼっちにしてほしい…
誰しも、ときにそのような気持ちにとらわれることもあるだろう。
自分にもそんなときがある。
そのような時、決して相手の気持ちを知らなかったり、尊重しなかったりするわけでは決してない。
しかし、どうにもこうにも、自分の気持ちをコントロールできない。
そんなときは、黙って不義理をしてよい。
思い切り、相手に甘えて失礼をしてみるのもよい。
相手の人は、きっと気持ちを察し、わかってくれるはずだ。
その人は、あなたと縁のある人だからだ。
人はみな、傷負い人である。
誰も彼も、幸福そうに見える人も、不幸そうに見える人も、みな同じように罪を背負い、苦しみを抱えているものだ。
不幸の渦中にいるあなたは、決してそうは思わないかもしれない。
この言葉さえ、空虚に聞こえ、心に染み入ることはないのかもしれない。
しかし、私は言わずにはおれないのだ。
キリスト教では、人は生まれながらに罪人であり、イエス・キリストはその罪を十字架に背負ったのだという解釈をする宗派がある。
何をもって「罪」というのかについて、私は多くを知らない。
しかし、確かに、順風満帆で何も苦労を知らないなどという話は、
うわさはともかく、本人の口からは聞けた例がない。
宗教家のように思われても困るのだが、
法律事務所や税理士事務所に勤め、他人の暗い部分にばかり触れてきた経験から、
帰納的に考えて、誰でも身近なところに翳をもって生きているのだろうな、
という強い推定を持っているのだ。
ともあれ。
ちょっと冷たくされたからといって、すぐにお節介をやめるような、
中途半端なお節介やろうは、自分の趣味ではない。
もちろん、何もできない。
私のような不完全で独善に満ち、無能力で、役立たずの人間に、
他人を助けたり、心の支えになったり、導いたり、
そんなことが簡単にできる道理もない。
無力感にさいなまれながらも、
それでも私はつらい生を生きる人間が好きだ。
大切な人の役に立ちたい。
SINSKE氏の、Amazing Grace(マリンバ)は素敵だった。
鍵を打つ、白い球の乱舞に目を奪われ、
ソウルフルなアレンジに心打たれ、
危うく涙が流れそうになった。
私はこんな小さな人間だ。
ナルシシズムを感じるだろうか。
いろいろ批判もあろう。
甘んじて受けようとも思っている。
忙しくなってくると、ついついいろんなところでぼろが出る。
今朝占いをみると、注意しないと大きなミスをする!などと書かれており、自分はいったいどんなミスをするのだろう?と興味津々で一日を過ごした。
特に何ともなく、くだらない仕事を数多くこなした。
最後に砺波の医療法人へ書類を届けて帰ろうとしたのだが、いざ目的地に来てみると、当の書類がない。
焦ることしきりである。
先生にはすでに予定時間を伝えてあるし、事務所には遅番の方を除いて誰もいない。
どうもブリーフケースに入れたつもりで置いてきたという結論に達し、
速攻、事務所に引き返し、先生にはなんとか言い訳をして難を逃れた。
事務所に着くと机の上に、ばっちりと書類が置いてあった。
唖然茫然で、我がことながら呆れかえった。
疲れている?書類を届けに行くつもりがその書類を置いていくとは?!
とにかく気を取り直して先生に届け、無事に役目を果たしたが、
どうもアルツハイマーの気が出てきたのだろうか。
こんな職業で、この歳でボケてきたらもう明日はない。
そろそろ事務所を廃業しなければならないのかもしれない。
お客さんに迷惑をかけないで済んで、とにかく幸いであった。
さてさて、おとぼけ野郎の本題に入ろう。
説得力が感じられないだろうが、まあ聞いてほしい。
今日は、しごとができる人とできない人の違いである。
一般的な話ではなく、専門職として責任のある仕事をする立場の人であるから、
その点はご留意願いたい。
まず、典型的なパターンを模式的に表現してみようか。
勉強に例えると、問題集を解いて、解法を暗記し、この問題はこのように解く、という効率志向の人A。問題集タイプの人である。
そして、理屈にこだわり、理解しないと先に進めない理論志向の人B。教科書タイプの人である。
Aタイプの人は試験にはまことに強い。
パターン的な仕事は網羅的にマークしているから、ルーチンの仕事は効率よくこなすことができる。
大量生産型、工場型、能率型。マニュアルがあると仕事がたいへん上手である。
Bタイプの人はあまり効率的な仕事は向いていない。
いつも考えることに慣れているから、創造的な業務が得意で、細かい仕事は嫌いである。
家内労働型、単独型、芸術家型。
Bタイプが必ず良いということではない。
AタイプもBタイプも会社にとっては必要な人材だが、いずれもそのままでは専門職としての社会人失格であろう。大切なのは、努力をする気持ちを忘れないことである。
自分の性格をよく見極めた上で、足りないものを努力で補おうとする気持ちこそ、もっとも尊い。
Aタイプの人に欠けたものは、体系的な知識・思考である。
パターンにあてはめることばかり考えていると、本質を見失った仕事になってしまう。また、知らないことやわからないことが出てくると、そのまま他人に丸投げしてしまったり、いい加減なうそを言ったり、いきなり無責任になる。大切なことは何か。利害関係者はだれか。ルールはだれが決めているのか。他人に迷惑をかけないように、自分を戒め、プライドを捨て、知らないことは率直に勉強すべきである。
Bタイプの人に欠けているのは、責任感である。
高度な仕事をこなし、仕事がよくできるのはよいが、仕事がきちんと最終的に成功するには、網羅的で、検証、反復でき、秩序正しく整理され、他の人が代わりを務めることができるようにこなれたものにしなければならない。自分さえよければよいという考え方では、結局はその場しのぎにすぎないものになってしまう。会社には効率が必須である。
一緒に仕事をするのは、できればBタイプがよい。
Aタイプの人は、頭が固いことが多く、なかなか治らない。できる仕事はこの上なくできてしまうから、優秀だと周囲にも思われているし、本人もプライドが高いのだ。しかし、一緒に仕事をすると、実際に仕組みがよく分かっておらずにがっかりすることが多い。大切なのは、全体で間違いがないことであって、一部が完璧でも意味がないのである。
Bタイプの人で、世の中で揉まれた人は、一人で仕事ができないことをよくわかっており、面倒でもしなければならないことを知っている。もともと社会の仕組はよく理解しているから、話も通じる。
怠け者のBタイプは、実際に私のことのような気がする。
同じにおいを感じると、とても親近感が湧く。うちの男性諸氏はBタイプばかりである。
Bタイプのいい加減な?仕事を見つけると、ニヤリとする私である。