なんだっていうのだろう?
やけに忙しいじゃあないか。
いつまでたってもおわりゃしない。
それどころか、一つ終わると、それに輪をかけて、二つ仕事がやってくる始末。
昨日は、霞ヶ関まで同僚と二人で営業に行っていた。
内容は企業秘密のため、口外はできないが、
しっかりした手応えを感じ、充実の仕事だった。
一昨日、株式交換のシュミレーションを完成させ、夜中にも仕事を一つ片づけたので、
すこぶる気分がよい。
陰々滅滅とした気分も、優しい同僚の一言で救われていた。
夕方、うちの事務所のルーキーから仕事の電話がくる。
PDFにしてメールをもらい、赤坂見附のネットカフェでダウンロード。
その後、食事をしながら、同僚と会社の経営改革の話をしていたら、
熱くなりすぎ、半蔵門線の終電に乗り遅れる。
ひと駅だったが、二人とも議論で疲れ果て、タクシーで半蔵門駅へ。
ホテルに着いたら、フロントでPDFを印刷してもらい、部屋へ持参。
とりあえずシャワーを浴び、寝ようとするが、コーヒーの飲みすぎで、寝付けない。
同僚は隣のベッドで静かに寝息を立てていた。
ベッドのランプだけにしてPDFを確認。何とか眠りに就いた。
翌日。二人とも寝覚めが悪い。
どうやらカフェインの過剰摂取だったらしい。
それでもバイキングをしっかりいただき、SMBCのセミナーに向かう。
今回は、債権回収の話。
これが、また、とことん、重い話題だった。
こんな会社は必ず潰れます、潰れます、潰れます――
午前中のうちは、いろんなお客さんの顔が浮かんでは消え、
胸が切ない想いで満たされ、つらくなった。
食事にお弁当が出たが、全然食欲がわかない。
私は普段、きれいに皿を平らげるのを誇りとしているメタボな人だが、
味噌カツと炒めものを残してしまった。
そして、午後。
破産や民事再生の話ばっかり。
切った張ったの丁々発止は、時代劇なら楽しいが、債権回収の現場となると少々、泥臭い。
きな臭い話やドロドロした話を延々と聞かされるうちに、
挙句の果てに、自分の会社まで危ないような錯覚にとらわれ、
すっかり講師の術中にはまってしまった。
同僚と二人で、一時間一時間どんどんエネルギーを消耗し、
セミナーが終了するころには梅雨空の東京の通り、どんよりと灰色になっていた。
燃えカスのようになりながら、なんとか東京駅に着いたが、
新幹線のホームでまたしてもお客様から仕事の依頼が。
会社によって、資料をそろえ、明日中に書類を提出しなければならないことが決定したのである。
明日は、予定がいっぱいなのにな。
そんなこんなで、これからまだ二つ仕事をこなす予定だ。
早く布団入りたいが、誰かに愚痴を聞いてもらいたかった。
さびしい人でしょ?
ブログに愚痴って、いったいどうなん?
ひょっとして、私はとっても不幸な人なんじゃないだろうか?
ずいぶんマイナスのエネルギーをもらったようだ。
愛用のパソコンを会社においてきてしまった。
注意力散漫な今日は、仕事にならない。
小さな物語をしよう。
若いころの彼は、誰よりも輝いていた。
大手の運送会社に勤め、トラックの運転手をしていたが、誰よりも正確に、必ず時間通りに品物を届けることで有名だった。
難しい仕事も、彼にかかれば、きちんとこなされ、会社の中で尊敬を集め、経営陣の信頼を買い、女性の憧れの対象だったという。
彼は、その速さに敬意を表し、「流星」と呼ばれて親しまれていた。
ある日、「流星」は、小さな恋をした。
仕事がきちんとでき、いつもこざっぱりとした服装をしていた彼は、
誰からも愛され、高嶺の花と思われがちであったが、
総務にいた、おとなしい普通の女の子に秘めやかな恋心を抱いたのである。
野に咲く花。
ひな菊のように、目立たないけれど、小さくて可憐な一輪の花。
清楚で、ひそやかに、はかなげで。
彼は、この花を一生守りたいと心底思ったのである。
独立して会社を作り、彼女を総務に誘った。
仕事がきちんと成功したら、プロポーズするつもりだった。
借金をして、事務所を借り、それなりの陣容も整えた。
しかし、会社は思ったように行かなかった。
会社の経営は、そう簡単なものではない。
仕事に穴をあける社員。
事故を起こす社員。
人件費を抑えるために自ら穴埋めのカバーに入れば、資金繰りがおろそかになった。きちんと給料を払おうとすれば、ほかの仕入代金が払えなくなった。穴をあけた仕事は、請求額をけずられた。
彼女を幸せにしようと思ったのに、彼女に苦労をさせてしまう。
秘めた思いを胸に、矛盾の中で彼は苦しむ。
酒におぼれるようになった。
ワンカップが手放せなくなり、周囲も眉をひそめた。
決して弱い人間だったわけではない。だが、その潔癖な性格がさらに自分を追い込んでしまう。
――俺はだめな人間だ――。
彼女のためを思うなら、彼女をくびにすべきだ。
――でも、いやだ。俺は彼女が必要なのだ。
どうしたら。俺はどうしたらいいのだ?――
酔いの中に埋もれながら、彼は幾度となく反芻した。
仕事は何とか続けていたが、会社は資金が枯渇し続け、彼の体は次第にアルコールに蝕まれていく。
すべてが破滅する日が来るのはそれほど遠い将来でもなかったのである。
「流星」は――
本当に夜空の流れ星になった。
彼女は、どことも知れず、去っていった。
流星伝説はこれで終わり。
合掌。
こんなものは、もちろんフィクションである。どこにでも転がっている話だ。
彼女は、流星の気持を知っていただろうか。
知って、ずっと待っていてくれたのだろうか。
男性としては、じっと待っていてくれたと信じたいところだろう。
が、偏見かもしれないが、女性は現実主義の方が多い。
「バッカじゃないの?」
みな、私に冷たい。
さびしい毎日が続くのであった……。
今日は、いくつもガックリくることがあった。
まあ、そんな日もあるさ。
珍しく9時前に退社し、食事をしながらテレビを見ていると、
キムタクが総理大臣になっていた。
要するに、
普通の人が素朴な発想で総理大臣をやった方が世の中うまくいくんじゃないの?
なんていう風刺を含んだコメディーなのだろう。
そうとも。
しがらみを切り捨て、一からすべてをやり直すことができれば、
何もうまくいかないことなどあるまい。
それをやり遂げることができれば。
私も、つねづね、自らをあらゆる束縛から自由にすることに意を注いでいる。
少し共感を覚えた次第。
誤りがないか、見落としはないか、注意しながら、ギリギリまで考えた上で、
自らを信じて、信ずるものに全力を賭けよ。
ためらうな。
勇気を出せ。
なにものにもとらわれるな。
いつも、こう言い聞かせながら、
自分を鞭打つのだ。
市場経済というものは、「神の見えざる手」により、絶妙なバランスを自動生成する。
社会にかかわりのある選択であれば、いかなる選択であろうと誰かを喜ばせ、それと同時に誰かを泣かせることになるのだ。
だからこそ。
選択は、責任をもってなす必要がある。
そして、その責任を背負う覚悟は、自らの選択に信頼をもって初めて生まれる。
いやいやするのではなく、自ら能動的に選んだ道だからこそ、
私は自分の行動に責任をもつことができる。
私は、あらゆるものから自由になろうと心掛ける。
他人に責任をなすりつけない。
堅苦しいだろうが、これが私の生き方だ。
東京大学の神野直彦教授の御著書の中に、経済学は人間を合理的経済人(ホモ・エコノミカス)と定義するが、財政学は人間をホモ・サピエンスに戻す学問であるというくだりがある。
財政学が本当にそのような学問であるかどうかは別として、
ファイナンス理論は、確かに人間を合理的なるべし、と義務付けてやまない。
そして、租税法も、人間を完全な合理的経済人であると定義し、
合理性を超えた部分は、税務調査でもつつかれ、必要経費であること、損金であることを否認される理由となってしまう。
人間は合理性で動かなければならないのか?
我々は、同じものなら、必ず値段の安いものを買わなければならないのか?
会社は、必ず損をしてはいけないのか?
私は、縛られるのが嫌いである。
他人のために選択をするのであれば、合理的な選択をする義務があるのはもちろんであるが、
自分が唯一、選択する権限を持つのであれば、
その選択は自由に、気ままに、いい加減に、好き放題に、勝手に、気兼ねなく、思いつきで、
しかし、結果には責任をもって選択する。
誰にも口はさしはさませない。
頑固おやじめいてきた。
ブログだけを読んでいる方は、
この著者像として、いったいどんな人間を想像するだろうか。
評価は他人が決めるものである。
他人に媚びないという私の選択に、
私は責任をもつ必要があるのである。
キムタクが総理大臣になってくれればよい。
たった一つだけ。社会を簡単にしてほしい。
頑張った人が報われる社会へ。
大阪の近畿税理士会館で、田中治教授のセミナーに参加してきた。
「同族会社の行為計算の否認」
内容についてお話しするのはまたの機会に。
今日は、研修を受ける必要性についてである。
事務所にいないことが多い私は、遊び人に思われることもある。
確かに、ちょっと息抜きをしていることもないとは言わないが(^^;
いつも人目にさらされている自分としては、たまには一人になりたいときもある。
誰にも話しかけられずに、誰にも愛想を振らずに、黙って書物を読み、構想を練り、アイディアを絞り出す。
傍にはコーヒーメーカーが一つあればよい。
もともとオタクの私としては、条文を読んだり、計画書を作ったり、そんな作業は苦手な方ではない。
行政法規や会社法・民法なども、大学院でそこそこの知識があるので、大抵のことは自分で考えることも可能は可能である。
しかし、自分のことならいざ知らず、大切なお客様の案件を扱っているわけだから、自分の考えたプランにオーソリティが必要と考えることがたまにあるのだ。
特に、民事訴訟法の大改正以来、破産法、会社法、民法・公益三法、金融商品取引法、そして信託法と、重要法令の改正が相次ぎ、戦後の法律体系がガラリと様相を変えつつある今、自分一人の判断ではたいへんに危険を感じる。
絶対にお客様に迷惑はかけない。
そのために、今自分がやろうとしていることが世の中ではどーなの?ということをつねづねリサーチしているのだ。
また、自分が思いつきもしなかった、他分野からの意見がとても参考になることもある。
私が、尻に帆かけて東京だ、大阪だ、福岡だ、広島だ、などとあちこち研修に行くのは、このような、新しい視点や、方法論、自分一人には知りえない他人の意見などを手に入れることができるからなのである。
プランは、成功して初めて「プラン」である。
失敗するかもしれないようなプランをお客様にやらせるわけにはいかない。
それではプランではなくて、詐欺か、罠である。
お客様に喜んでいただけるように、
そして、また崎山に頼んでいただけるように、
よきスパイラルが永久機関として回り続けるように、
私はいろんな人々の話を聞く機会を大切にしているのである。
行って損をしたな、と思うことはそんなにない。
①内容が今一つでも、考え方や話術が勉強になることがある。
②会場の反応を見ていると、自分の反応と他人の反応を比較して、客観的な自分をみることができる。特に、税理士全体の中で、競争力やホットな関心事項など、自分を全国の税理士の中にはめ込んでみるのがとても面白い。
③行き帰りの飛行機や電車の中は、誰にも邪魔されずにじっくりと勉強できる。
④ちょっとした旅行気分の中で気持ちが新鮮に戻れる。昨日までの仕事が客観的に見つめられて、新しいアイディアが浮かぶことがよくある。
⑤ラーメン好きの私はあちこちでラーメンを食べるのが楽しい。
大阪は、エスカレータの乗り方が東京と反対である(右がゆっくり)が、そんなつまらないことでもちょっと興味深いものだ。たっぷり勉強して、鋭気を養ってきたぞ。
うちの父などは典型的で、これ以上おまえは何を勉強するのだ?などと平気な顔で言う。
しかし、私が勉強しなかったら、誰がお客様のリスクやよい話を提案するのだ?
お客様の業種は種々雑多である。それぞれの業界ごとに面白いネタがあるわけだが、その変化を吸収する窓口がなくてどうするのか。
税金のことしか考えない税理士だったら、世の中にもっと優秀な人材がたくさんいる。
私はそんな「税理士」になりたいのではない。
私は忠実で役に立つしもべになりたいのである。
ずっとアラジンの「指輪の精」でいつづけたいと思っている。
「ランプの精」になることは叶わなかったのであるから、せめて…「指輪の精」で
オネガイシマス