おかしかったのが皆様のご協力で
なおりました!
うれしい。
またよろしくお願いします。
ここに書いている内容は、どうも表示がおかしい。
ITには、いざとなると弱いものである。
PHPがサーバー上でバージョン・アップしたとかで、
絶対パスの表示方法が変更されたらしいが、
WEBにはいまいち弱い私は、
自分のブログでありながら、うまく修正することができない。
あまり気にせず、以前のようにブログを書くことにしよう。
やめてみたり、また始めてみたり、
気分屋の私に付き合うのは大変なことであろう。
さはさりながら、
ここ2カ月くらい、あまりいいことがない。
忙しいばかりで、目立って徳を積んだ記憶がないのだ。
楽しい思いもしたことないし、
おいしいものもそれほど食べていない気がする。
ラーメンは、熊本でも東京でもあちこちで食べてはいるが、
食事というのは、おしゃべりしながら、気の合う仲間と楽しく食べるのが一番だ。
本当においしいのは、実は友情や愛情なのかもしれないな。
胸のすくような楽しいことがないかな。
ワクワク!
ドキドキ!
今の私はカメレオンのように世界に染まっていて、
ちっとも自分らしくない。
本当の私は、目立ちたがり屋で、突拍子もなく、素っ頓狂なことが大好きだ。
小さい頃からいたずらっ子で、夢想癖があり、
しちゃいけないと言われることほどたくさんしつくしてきた。
天邪鬼で、必ず他人と反対のことをする。
いい悪いにかかわらず、それが私という人間の本質だから。
ちょっと一呼吸おいて、ゆっくり旅行をしたいものだ。
毎日を新鮮に、一期一会に戻したいものだ。
周りの人がみんな好き。
他人と違う君のそこが好き。
優しさっていいよね。
他人を思いやる気持ちっていいよね。
原点に帰るべし。
どうやら私の神様は私にそう、のたまうかのようである。
「会計が重要である」
繰り返し、社の内外を問わず、公言している。
税務と会計の分離。
ようやく、規制緩和が進み、最近では、金融システムが自由度を増し高度化し、会社法・公益法人制度・協同組合・信託など、さまざまな法制度が多種多様に事後承認されつつある。
国際化の流れの中で、日本に居ながらにして様々な金融商品に投資する人も増え、普通のおじいさんが、何の抵抗もなくデリバティブを購入していらっしゃったりする。そんな中で、日本の会計が古臭いという感覚がたいへん強い。
会計基準は、どんどん国際化し、ASBJという組織が、日本における会計の標準化に取り組みつつある。そして、中小企業会計基準も、それに追随し、会計の国際化はとどまるところを知らない。
中小企業は、いまだ実感として、会計が国際化していることをつかみきれていない。
しかし、重要なのは、主要な資金調達の相手方である金融機関は、すでに金融ビッグバンの真っただ中で、会計の国際化、電子化、金融の多様化・国際化に、直面しているという事実である。
相手が変化していることに気づかず、目先のことにとらわれていると、いつか足をすくわれることになってしまいはすまいか。
クライアントを導く立場の私としては、パターナリスティクな心配が絶えないのである。
日本は、遅い。
税務の基準に相変わらず引っ張られ、税法が変わって初めて会計を変える。
減価償却や、リースがようやく国際基準に近付いてきたが、
時間の価値が会計に及ぼす影響も考えず、
退職金会計、減損会計も、資産除去債務も、時価会計も、連結も、税効果会計も、まったく一顧だにされない。となりの韓国も、2011年に国際会計基準を導入するといい、頼りのアメリカも国際会計基準の導入を決定したという。
会計が軽視されるのは、正しい利益が何かということを経営者が軽視しているからである。
逆に言うと、経営者がいい加減にしていても文句を言わない株主がゴロゴロしているからである。
日本という国は、喧嘩をしないことをたっとぶきらいがある。
だが、喧嘩をしないこと=強いものに道を譲ることは、自動的に格差を広げることになる。
今頃になって、格差社会だとか、ジニ計数だとか、
そんなことを言うならば、皆で力を合わせて、強いものを倒せばよい。
じっと我慢して、誰かが国を変えてくれることを期待しているのであれば、
そのまま格差に甘んじて暮らすしかあるまい。
昔の日本とは異なり、
今の日本には、太らせて食べる養殖型の政治家はいないのである。
どうも政治家はみな、狩猟型の食べつくすタイプに変化したように、
私には見受けられる。
戦うことを恐れるべきではない。
愛する者を守り、幸せをつかもうとするならば、
私たちは、父として、夫として、親として(むろん、女性であっても同じこと)、
人と争い、打ち負かし、そして奪い合うしかなくなってしまったのだ。
会計は、経営者の成績を如実にあらわす。
だからこそ、経営者は、会計の数字には敏感になるべきだ。
それは、自らの手腕のバロメータであり、
同時に、自分の生活を良くするための糧である。
また、株主たちも、会計の数字には敏感になるべきだ。
自分たちが投資したお金を、経営者が無駄遣いしていないかチェックするのは当然だ。
余剰があれば、リターンを要求するのは当然だ。
経営者と株主は、基本的に利害が相反するのである。
経済が高度化しているにもかかわらず、
経営者たちは、それに敏感でない。
私にはそれがとても残念である。
切磋琢磨し、手法を研究し、よりよい会社を作る。
より楽に経営する。安定的な基盤を作る。
経営は、通常の業務だけではない。投資もあれば、財務もある。
もう少し、数字に敏感になる必要がある。
そんな時代がとっくに到来しているのである。
銀行に相手にされなくならないように、
経済社会から拒絶されないように、
会社の経営ということをしっかりと考えてもらいたいと願っている。