上の娘はシー、下の娘はミノという。
二人をスキー教室に入れて、
パパはずっと横で見ていた。
ミノは相変わらずセンスが良く、
初めてのくせに、たちまちリフトに乗って上に行ってしまったが、
シーは相変わらずへなちょこで、
自分の忌まわしい過去を見るようである。
シー、ごめんね。おまえはパパに似たのだ。
つぶやきつつ、応援していると、
願いがかなったのか、なんとか転ばず、ハの字で止まれるようになる。
努力家のシーを見ていると、
ウルウルと目が涙ぐんでくるようである。
さて、ミノが心配になったが、全然心配無用であった。
リフトですでに4回も上から滑っており、
滑り方が安定して危なげがない。
もともと、体が軽いので、転んでもショックが小さいのだろう。
まったく恐怖を感じていない。
「パパー、一緒にリフトに乗ろう!」
などと、誘ってくるので、おっかなびっくり、私もてっぺんから滑ることにした。
(私はまともにスキーをしたことがない。スキー場も今日がたぶん3回目である。)
コースは、林を抜け、ゆるやかにゲレンデに出るコース。
一度だけ、ほぼ360度の急カーブがある。
コースを知らなかった私は、スピードを出しすぎて曲がり切れず、
あえなく転倒。
見ると、きまり悪そうに、ミノも転倒していた。
こりゃ、同じレベルだな、と悟った私は、あまりミノの心配をせず、
ゲレンデを一気にすべりおりた。
かなり速かったと思うが、ミノはちゃんと後ろについてきていた。
子供はすごい。
本当に、運動音痴の私の娘なのだろうか、
いぶかしむほど、上達していた。
いや、楽しかった。
スキーがこんなに楽しいとは知らなかった。
来週、また娘と行こう。
スキーもウエアも買っちゃおうかしらん。
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くらーい毎日を過ごしている。
東京の研究会も、
懇親会でショッキングなニュースがあり、
またしても暗く落ち込んだ。
その次の日は、
大崎にある日税連の図書館で半日を過ごし、
大手町のシティバンクを見学し、
神保町のエチオピアで10倍カレーを食べ、少し元気になったが、
その後の研修で、ちょっとしたことでまた落ち込む。
そんなとき、羽田空港のラウンジで、
アントニオ猪木にばったり!
妙なことで元気を取り戻し、
話しかけてみようかな、などとうろうろしていた。
ターゲットは、目をつむって、眠っている様子だったので、
話しかけるのはやめた。
しかし、??
落ち着いて考えてみると、どうだろう?
ウィキペディアで調べてみると、
猪木は65歳だった。
やられた!
(勝手に間違えておいてー、それはないだろうー)
あれは、あれは、
アントニオ小猪木だ!
子供の頃、じいちゃんと二人で、よくプロレスを観た。
ミル・マスカラスがかっこよく、
スカイハイ~
をよく口ずさんだものだ。
ブッチャーやら、テリーファンクJr.やら、
あの頃私は、小学生だった。
現在の猪木があんなに若いわけはない。
と言って、あんときの猪木のように、身長が大きくもない。
足も普通だったし。
あれは、どう考えても、
小猪木だ。
なんとなく、アホな自分に疲れたが、少し救われたのは幸いだった。
偉そうなことを言っているが、
私は単なるアホである。
私がアホであっても誰も喜ぶ人はいないのだろうが。
こう考えると、また落ち込むからやめよう。
落ち込むのは、誰にも相手にされていないように思えるときなのだ。
同僚に勧められて、映画の "Heroes" をずっとコツコツとみている。
とうとう、今日届いたツタヤのDVDがシーズン1の最後だ。
人は、みな自分が主人公の物語を生きている。
どの人生もドラマチックで、波乱万丈だ。
つまらない人生などない。
相続の仕事をしながら、故人の遺物などに触れると、
人となりを想像し、感慨深い気持ちになる。
その人の生き様や、考え方がモノに刻まれているのである。
他人を幸せにしたいと思う。
自分ならできるかもしれないと思う。
しかし、現実はそんなに甘いものではない。
何度も書いたように、
お節介を焼いても、疎まれるだけのことが多い。
他人の気持ちを慮り、
よかれと思ってお節介を焼き、
時には疎まれ、嫌われ、かえって傷ついたり、
そして時にはお節介を焼ききれなくなる。
お節介は中途半端な気持ちでしてはいけない。
わかっていて、それでもお節介してしまう。
いろいろ覚悟してやったつもりでも、
お節介は、必ず裏目に出てしまう。
傷ついてもよいと思っている。
どうせ傷だらけだし、
たいした人間でもない。
アントニオ猪木のように、
誰に何と言われてもくじけないような、
そんな強い人間になりたいと思っている。
三省堂の看板に、大川隆法の言葉が書かれており、
妙に心に残った。
「失敗しなかったことが最大の失敗です」
幸福が科学できるものかどうかは知らないが、
なかなかいい言葉じゃないか。
失敗は成功のもと、エジソンと同じことを言う。
疲れているのだ。ごめんなさい。支離滅裂だ。
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とうとう、富山県に対する監査レポートを
昨日、納品した。
全部で、図表をおりまぜ、A4で160ページにもなる。
ワードでは、4Gのメモリを積んでいても、
一度に開くとパソコンがおかしくなった。
まだ、書ききれない部分や、言葉足らずの部分もあった。
しかし、私たちの仕事は、常に時間との戦いである。
いいものを作ることも大切だし、
時間に間に合わせることも大切だ。
今回は、これ以上、時間を使うことができる状況ではなかった。
なかなか、監査というものは体験しないと、わからないものだ。
私も初めてのことで、本当に苦労した。
監査のやり方。
問題点を引き出すノウハウ。
民間との違い。
法律条例の膨大なボリューム。
レポートの書き方。
図表の入力。
データ収集。
そして、文章力。
最後の文章力は、全力を振り絞って書いた。
業務に理解を示しつつ、よいものはよいとほめ、
悪いものはケチョンケチョンにやっつける。
実際の現地監査は大変なのだ。
何せ、敵は数十人で、味方は自分一人だ。
宮本武蔵のように、数十人を相手にしつつ、
たった一人で戦わなければならない。
しかも、自分は素人で、向こうはプロだ。
とにかく、全力で駆け抜けた半年だった。
しかし、まるっきりボランティアみたいなもので、
半年も働いて、私は25万円くらいしかもらっていない。
残業もたくさんしたし、8時間労働の騒ぎではない。
それでも、私の給料は月5万円。
派遣労働者よりも悪い。
私にも生活保護をお願いしたいところである。
金銭には代えられない勉強をたくさんさせてもらった。
同時に、いくつかのものを失った。
孤独感は、精神をむしばむ。
つくづくと、弱い人間だと思う。
しかし、私が弱い人間であっても、誰も喜びはしない。
みな、私が鉄のような精神をもっていると信じたいのだろうか。
冷徹で、合理的で的確な判断。正確無比な業務。
何もいいことがなくても機械のように仕事をこなし続ける?
それとも、この人は自由気ままに好き勝手に生きていて、
何の苦労も知らない?
どうせ、自分の苦労なんてわかってくれやしない?
夢をいくつか捨てることにした。
また拾うこともあるのかもしれないが、
捨てることがよいことだと信じた。
その瞬間―
胸にポッカリ穴があいたような気がして、
多くのものが体から流れ出して消えていった。
そして、
私は空っぽになった。
道は一つではない。
選択の幅はいつも用意されている。
私たちは、思い思いに自分たちの道を選び、
その選択には自分が責任を負う。
それでよいのだ。後悔をする必要はない。
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殺伐とした年末を
何とか乗り切り、
たっぷりと仕事を持ち帰った正月であったが、
今年は、ひさびさに穏やかな休日を過ごした。
いつもは海外で年末を過ごす父母が家にいた。
子供達もずいぶん大人になって、会話が楽しくなってきた。
弟夫婦が帰省してきて、姪がかわいい旋風を巻き起こした。
安らかな家族の団らんと、ささやかな安寧がそこに存在していた。
子供たちとまだお一緒に風呂に入るのだが、
風呂からあがると、
オレンジピールの香りのマッサージ剤を手に、
子供たちがモミジのような手で、
体をもみくちゃにしてくれる。
マッサージ剤は、プチプチとはじけ、
火照った皮膚を心地よくほぐしてくれる。
たちこめるオレンジピールのかぐわしい香り。
高価なマッサージ剤であったが、
このまま朽ち果ててもよいと思えるような、
そんな至福のひとときであった。
私は、きっと幸せなのだ。
不満はたくさんあるし、自分に足りないものも多い。
願いはかなわないし、思いも届かない。
でも、私は、きっと幸せなのだ。
不自由な自由。
パーフェクト・リバティーを標榜する宗教もあるところだが、
自由とは、本当に完全なものにはなりえないのかもしれない。
というか、自由とは、不自由な中から切り拓くときにこそ、
感じられる一瞬の刹那なのかもしれないな。
仕事始め。
今日から新しい戦線に突入する。
今度の戦場は、知略を競う頭脳戦となる。
組織力がこれからのテーマだ。
うちの会社がどの程度の力量をもっているか、
乞うご期待である。
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