眠れる獅子?いや、プレーリードッグの父です。(^^;
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うちの娘は、寝起きが悪い。春休みなので、毎朝ボーっと洋服ダンスの前に立ちすくんでいる風景に出合う。
知ってますか。ミーアキャット。プレーリードッグ。そしてペンギン。
共通するのは、みな同じ向きで立ちすくんでいること。テレビで見ると笑みがこぼれます。
しかし、立ちすくむ娘をみると、ため息が出ます。
さて、うちは動物園のようなものだ。
上の娘は、ペンギンのようにポヨンとしたおなかで、洋服ダンスの前に立ち尽くしているし、
下の娘は、こざかしく猿のようにすばしっこい。私の部屋からこっそりと漫画やゲーム機などをさらっていく。
家内は、まさしく虎である。一声吠えると、町内中が震えあがる。猫気質で、気まぐれ放漫、気位が高く、猫パンチの威力は矢吹ジョーも真っ青である。床に残る傷跡は、今も癒えない(^^;
うちの母は、山羊だろうか。思い込みは激しいが、気質は穏やかでモグモグと編み物をしている。
父は?うーん。フクロウか。思慮深く、穏やかな外見の割に肉食系である。
私は―――。悩むな。ここまで家族をおとしめておいて、自分だけイメージがよいのも申し訳ない。やはり、ペンギンの父ということで、ペンギンか。
私は、確かに性格的にはのんびり屋で、あまり争いを好まない。まあ、仕事になると別なのだろう。仕事をしている時の私は、曖昧を許さず、戦うことに生きがいを感じてしまう。
今日の税理士会の理事会では、ちょっとスイッチが入ってしまった。
年度末だし、疲れているので、おとなしくしていようと思っていたのだ、本当に。
部会報告も最小限に抑えて、省エネ体制になっていたその時、
私が思い出したくないことを無理やり思い出させられる発言がなされた。
税務署から滞納納税者の書類を提出する命令が出た場合、税理士は従わなければならない義務があるという。
私は、慎重になるべきだと、いくつかの反論をした。
①提出しなければならない書類の範囲が曖昧。そのままでは、すべて提出義務があるように誤解されかねない。
②納税者が拒んでいる書類を税理士が提出するのは守秘義務の問題と併せて議論すべきで、我々は守秘義務と提出義務の間でジレンマに陥ることになるが、それでよいのか。
③ 根拠として、民法の請負に関する注文者帰属説を掲げていたが、明治時代に民法が作られてからずっと、我が国の632条の解釈は、所有権の帰属については請 負人帰属説が通説であり続けてきたはずだ。少数説を根拠にして、結論を導くなど、北陸税理士会の公式見解としてはとうてい受け容れられない。そもそも、税 理士契約が請負契約なのか委任契約であるのかもはっきりと解決のついている問題ではないのだし、所有権が帰属しているという理由付けが、提出命令という占 有権限の問題に対して明確な理由になるかどうかも疑問だ。
落ちぶれてはいるが、早稲田大学の法学部を卒業し、東大ロースクールの出身である。法務博士の称号もおしいただいた。
このような、理屈も通らなければ、結果も妥当でない、見解など公式の税理士会の場で発言すべき内容ではない。まるで学芸会ではないか。
法律を学んできた者のはしくれとして、理屈(法的安定性)と結果(社会的妥当性)の複眼でモノを見よ、という考え方は自分にいやというほど、染み込んでいるのだ。
参加者には、役員はじめ、税理士監理官もいたし、全支部長が参加していた。申し訳なかったが、私にはとても危険なことのように思えたので、言わなければならなくて発言したのである。なにとぞ、ご容赦願いたい。
これほど、ペンギンのような温厚な私の逆鱗(ペンギンにも鱗はあるのか?)に触れたのにはもう一つ理由がある。
以前、税務調査立ち会いの際、担当調査官が、当会計事務所の顧客に関する資料綴りを提出せよと命じてきたことがある。
原始帳票、決算書や総勘定元帳、給与台帳、固定資産台帳、総会、役員会の議事録など、必要なものはすべて顧客の下に整備されている。当会計事務所で保管をしているのは、ちょっとしたメモや、決算調整の検討の記録だったり、集計や計算過程などの途中経過である。
必要なことはすべて、まとめて顧客のところに保管しているにもかかわらず、それを見ないで頭ごなしにうちの資料をいきなり要求された。
私 は、即座に反論した。「あなたは、いったい誰の調査に来られたのですか?」私の取り調べにきたのなら、素直に見せるだろう。私は何の後ろ暗いこともない。 だが、管轄違いの、権限のない違法調査に対して、私が協力する義務はサラサラない。公務員が権力をカサにきて、濫用的な要求をされたのである。警察官が取 り調べを装って、女性をデートに連れ出すのと同じである。
税務調査は、税法が適正に運用されているかを調べるものである。
税理士法が適正に運用されているかどうかを調べに来たのならば、総務課が所管するはずで、担当外である。
窃盗事件の聞き込みにきた警察官が、あなたは殺人を犯しているのではないですか?と尋ねる。
食品衛生法の調査にきた厚生センターの職員が、あなたの会社は、労働基準法違反ですよ、とか、個人情報保護法違反ですよ、と言いだしたらどうするだろうか。
後ろ暗いところがないのなら、見せればいいじゃないか。大人になれよ。
そんな意見もあるだろう。
しかし、それこそ、思うつぼである。戦後、行政法学者たちがどんなに苦労をして行政手続法を作ったか。弁護士たちが、どんなに苦労をして警察の権力濫用を押さえてきたか。
治安維持法の下で虐げられ、権利を無視された人々がどれだけの数いたことか。陰に陽に、苦しむ人たちがどれだけいたか。
権利を主張するのは、簡単だ。しかし、「大人になれ」の一言で、押しつぶされる自分と孤立無援で戦うことは難しい。
私は、ペンギンか、ミーアキャットか、プレーリードッグの父で、温厚な人間であると思うが、大事なことは大事だ。
税理士は専門家なのである。そして、公正中立でなければならない。それが税理士の使命であると、税理士法には書いてある。
それは、納税者を裏切って、権力にたなびくことを禁じた趣旨なのである。我々は、肝に銘じて置かねばならない。
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租税の中立性
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税金の基本理念に、公平・中立・簡素というのがある。
民主党は、納得という言葉を使っているが、何をどう考えて納得するかは多分に個人の主観に依存する部分が多く、プロパガンダとしてはともかく、学問的には不明確すぎる概念である。
さて、租税が中立でなければならない、という命題に対して反論する方は誰もおられないはずだ。
しかし、現在有効に機能している租税が、本当に中立かどうか?
これは、常に問い続けられなければならないことだ。
典型的なのは、ガソリン税。
160円を超えるとトリガーがひかれ、暫定税率を無効とするが、25円も安くなるとかえってガソリンの値段が安くなる。
下がった税金の金額が上がった金額よりも大きいとすると、何やら?おかしなことになったものだ。
ガソリンの値段を直接高くしたり安くしたりするサーキットブレーカーといえば、聞こえはいいのだが、そんな妙な税金はわかりにくいし、あえて経済にインパクトを与える税金というのは税の本質に影響を与えてしまう。
税が政策目的でテクニカルに使用されるという印象が強まれば、税の根源的な正当性を弱めることになるだろう。みんなのために必要なお金だから払っているつもりなのに、必要だからではなくて、戦略的なお金にすぎない?それって、交通反則金みたいなものではないだろうか。
とはいえ、デフレになるのは、国民が悪いわけではないのだけれど。
固定資産税もなんだか変だ。
時価がどんどん下がっていくのに、固定資産税は高くなる。
クライアントさんで、使用形態は何も変わらないのに、国土調査があったというだけで、山林が宅地に評価替えされ、一年間で500倍に固定資産税が上がったところがある。
異議申立などの強硬な手続の前に、とりあえず、市の担当課に話を聞きに行ったが、けんもほろろに追い払われた。曰く、「今までが安すぎたんでしょ!」
これはないであろう?
最終的に、60日を過ぎて泣き寝入りになってしまったが、私はどうも「公」というものが疑わしく思えてならなくなってきた。
もう一つ、極めつけの事例をあげよう。
ある官庁が56億円かけて作った施設がある。これが業績が悪く、民間に売却することになった。
最低競売価格は、1億6千万円くらいになった。
入札者のうち、一番高かった人は2億円であり、この人は落札した。
数ヵ月後に、固定資産税の評価額が決定され、その評価は7億円だった。
不動産取得税と固定資産税を合計すると、5.6%くらいになる。この課税標準は、もちろん固定資産税評価額である。7億円に5%をかけると、3500万円である。
2億で買った不動産の税金が3500万円。これだけでは済まない。登記するには、登録免許税が必要だ。これも課税標準を固定資産税評価額とする。
結局税金をかける場合には高く評価され、時価はそれよりもはるかに低い状態となる。税金が高いので、ますます買う気力が失せて行く。そうして不動産を所有することはだんだん、ババ抜きのジョーカーのような存在に変化していくのである。
不動産の値段っていったいなんだろう?
取得価額は56億円(償却するから再取得価額はもう少し下がる)
時価は2億円(これが安すぎると官公庁は言う。安く買って得をしたね!?)
評価額は7億円(税金の基礎になる)
お金が必要ならば、税金を高くしないとつぶれるので、お願いします、というべきだろう。
なんだかだまされているようで、私は気にくわない。
「公」って何?
私は助け合いの人情なら信じられるが、ピュアな「公」なるものの存在は信じていない。
読者諸氏は、何度も聞かされてきただろうから、繰り返すことはやめよう。
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山上憶良の貧窮問答歌に
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時は奈良時代か?
あまりに切ない租税制度の無常に、世の中の不公平に、
涙が出そうになった。
しもと取る 里長が声は ねやどまで 来立ち呼ばひぬ
かくばかり すべなきものか 世の中の道
(増井先生の後記論文中の引用をそのまま引用)
http://blog.hix05.com/blog/2007/02/post_111.html
上記は、山上憶良の貧窮問答歌の中の短歌を引用するブログである。
こんな時代から、役人は貧しさにあえぐ農民からそれでも税を取り立てようとしていたのである。
食べ物は底をつき、かまどにも火が入ることはなく、
ろくに服も身につけていないのに、
それでも徴税吏が
むちでたたき、税を納めよという。
おそろしい時代である。
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確定申告まっさかり
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疲れ気味だ。
いろんな人と、いろんなことを話す。
悩んだり、怒ったり、笑ったり、落ち込んだり…
喜怒哀楽がドンドコと押し寄せてきて、
私は一人でいるときは、とことん無表情である。
落語家は、家に帰ると無口だというが、
そんな心境がよくわかるのである。
ここ数年の傾向として、難しい内容の申告が増えた。
難しいというのは、二つ意味がある。
①貯蓄から投資へ、などと政府が政策を提言しているが、
金利の低迷などの理由から、金融商品にいろいろチャレンジする人が増えた。
その結果として、株式取引や信用もさることながら、
先物取引やら、外国投信やら、REITやら、FXやら、外国債券やら、
ありとあらゆる投資商品が種々雑多に申告の中に登場するようになった。
いまや、総合課税だけでおとなしく申告書が終わる人は半分くらいではないか。
②核家族化が進み、離婚件数が高止まりし、さらに少子高齢化という時代の中で、
家庭環境が複雑なケースが多くなってきた。
また、雇用形態も多様化し、所得控除のあり方や、
所得の種類などで判断に悩むケースが増えている。
さらに、所得税の枠を飛び越えて、
相続税や贈与税の問題をはらんでいたり、
法人税の問題をはらんでいたり、
人々の暮らしも十人十色だったり、
よく事情を聴かないと、失敗してしまうことにもなりかねない。
もうひとつ、ばかばかしい複雑化の要因がある。
それは、租税法全体が体系性を失い、
方向性を失いながら、難解さを極めているという点。
理論的な面が弱くなってくると、税法は暗記するしかなくなる。
その結果、知っているか知らないかで納税者に大きな損得を生み、
税理士は失敗する確率が高くなる。
また、納税者は、税金を取られて損をしたと思う気持ちが強くなってくる。
見つからなければもうけもの。
見つかったら運が悪かった、という租税のモラル・ハザードが生じてくる。
スピード違反する人の心境のようなもので、
警察に捕まった途端に、
「運が悪い」
と思ってしまうのである。
本当は、「悪かった」と
反省すべきところであろうが。
こんなことでよいのだろうか。
我々の社会は、これで幸せのインフラとなるのであろうか。
私は、引き続き、草の根のような運動を続けていく。
法律は、理論的であるべきだ。
精緻な理論が背景にあって初めて、
それを国民に周知して初めて、
ペナルティは真に実効性をもつであろう。
疲れているが、やめることはできない。
私は、自分を偽ることができない。
正しいと信じるもののために、全力を尽くす。
このバカ者は、そんな愚直な生き方しかできないのである。
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ライブドア事件についての質問
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ライブドアが、旧経営陣たちに対して損害賠償請求をする旨の報道があり、
その中で、粉飾による過大納税が6億円という記載がある。
さっそく、そのような税金は返してもらえるのか、という質問があった。
今日は、質問への回答三昧だな。
粉飾の事実が明らかであれば、税務署の更正という手続きを経て、返してもらえることになっています。
控除につき法人税法70条、還付につき法人税法134条の2です。
ちゃんと還付加算金(金利に相当)ももらえます。
しかし、税務調査を行ってから、ということになるので、多少面倒ですが。
最近は、不正申告による詐欺まがいの還付が横行しており、人のよい日本政府も疑心暗鬼になっております。
一応、税金は客観的な算定によるものなので、粉飾でも返すのが筋でしょうね。
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世界の中心で租税法を叫ぶ?
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時間を見つけて、1本の論文を読んで驚愕した。
なんと、租税法の研究こそが法律の中心であるべきだ、という趣旨の論文だったのである。
ハーバード大学の現役の教授、J・マーク・ラムザイヤーが、金子先生の編集に係る「租税法の基本問題」(2007年11月25日初版、有斐閣)に寄せたもので、もちろん日本語である。
以前、前支部長であった田中先生が
「税理士っていらない資格なのかなー」などとボヤいておられたが、
先生がこれを聞いたら、きっとお喜びに違いない。
彼は、経済学の教授だと思うが、中里先生がハーバードによく行かれ、共同研究などもなさっているので、きっと租税法もいろいろご存知なのだろうと拝察する。
簡単に紹介すると、こんなことである。
世の中には、弱い者を保護する法律がたくさんある。労働基準法とか、借地借家法とか、消費者契約法とか、製造物責任法など。こんなものがあると、社会がかえって非効率的になるので、このような制度を作るのは全部やめて、代わりに国家は財産の再分配だけを行う。富める者からお金を取って、貧しい者に分配する。これが広い意味の所得税である。
租税以外の法律は、効率だけを重視し、弱者保護は行わず、弱者保護は徹底的に租税法で行う。
その方がはるかに政策としてうまくいくというのだ。
これが、キャプロー=シャベルの定理と呼ばれている(ルイス・キャプローとスティーブン・シャベルの1994年の共著論文)。
ラムザイヤー教授は、これに賛意を示したうえで、租税と他の法律があいまって国家を発展させるのだから、租税を知らずして他の法律を研究するのは基本的な誤りであるというのである。租税で行われている弱者保護を視野に入れずに他の法律分野を考えれば、方向性を誤ってしまう。
したがって、租税法を研究することは、他の法分野にとって非常に有意義なことであり、法学部やロースクールのカリキュラムは間違っている。
租税法こそが法学の中心的な地位を持つべきなのだ。
租税の研究が他の分野の研究にとっていかに有用であるかを知るべきだ。
とまあ、こんな感じだ。
簡単にといいながら、長い説明だった。
ラムザイヤー教授の所説はともかく、キャプロー=シャベルの定理はたいへんに興味深いものである。
彼らは、これを
T+C(Ri) = T’+C(Re) という
簡単な算式で表現する。
租税とは何か。
アメリカは、どちらかというと国家の財政需要を満たす基本的機能よりも所得の再分配を目指す方が強いようだ。さすがはリベラリズムの大国。
さらに面白いのは、数式を、所得を横軸、コストを縦軸にグラフにしてみると、負の所得税の概念が観念できるのだ。マイナスの所得税とは、生活保護そのものである。
福祉と一体化した租税制度というのは、新しい潮流の一つではないか。
私の高校時代からの親友が
「国家はいらない」
という、ペーパーバックを最近出版したのだが(洋泉社2007年12月5日)、結構売れていると聞く。
印税が入ったらきっとおいしいものを御馳走してくれると思うのだが、
私の考え方も、次第にこんなところに集約していきそうだ。
眠い目をこすりながら、時間を見つけて論文を読む。
実務家にも勉強が大切であるというのが私の持論であるが、
楽しい論文に出合った日は幸福である。
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税制改正 減価償却制度
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前年の約束通り、法定耐用年数の見直しが行われた。
また、機械装置が390区分も存在したのに対し、55区分に大括りにされた。
注意点が二つある。
①平成20年4月1日以後開始事業年度から。
②既存のものにも適用がある。これは面倒かもしれないな。
30万円未満の中小企業者の少額減価償却資産の即時償却の特例は、2年延長となる。
耐用年数の短縮の特例について、軽微な変更等の場合などに、承認申請しなくても短縮できる措置を設ける。
こんなところか。
今日は、ここから下が雑談だ。
さてさて、二人目の中途採用者が内定した。
本人が承諾してくれるかどうかはわからないが、
私の力になってくれるとうれしい。
今度は、第1課への配属となる予定だ。
たびたび触れているところだが、人材が少し育ってきたかな、と思えるようになってきた。
私が気がつかなかったような点に気付いてくれたり、
クライアントのことを一生懸命考えてくれていたり、
新入社員君に一生懸命指導をしてくれていたり、
わが社のためになることを考えてくれていたり。
毎日、いろいろなことがあるが、私は自分なりに一生懸命努力している。
良いことは良いと評価する。
悪いときは、はっきりとだめだという。
同じことを2度3度とやると、さすがに激怒する。
どんなときにほめられ、どんなときに怒られるのか、それをよく考えてほしい。
私の基準は簡単である。
わが社の成長のために役に立つか立たないか。
それだけだ。
役に立つこと。
それは、現在または将来においてわが社に有形無形の利益をもたらすことである。
もっとも高い評価をするのは、私の気付かない重要なことに気付き、私を救ってくれる時である。
同時に複数の大きな仕事をこなしているので、ときにうっかりすることもある。そんなとき、担当者は、自らの頭脳で、しっかりと私の思考をフォローし、真意を感じ取ってくれることがあるのだ。
私のように理屈っぽい人間に対して反論をするのは大変だろうが、これがきちんとできるというのは担当者の実力そのものである。体系的で、論理的な思考力が付いている証拠である。また、同時に、あえて私にかみついてまでよい仕事をしようとする職業的なプロ意識と、会社への誠実さの表れでもあるのだ。
役に立たないことというのは、有害なもの。
有害なものとは、わが社に損害を与えるもの。
例としては、ミスをすることや、私語をすることなど、職務怠慢な場合。
軽く考えるなかれ。
ミスには必ず原因がある。
会社への忠誠心がないから、仕事がいい加減なことが多い。ほかのことばかり考えて、仕事に集中していない。他人に仕事をやらせて、自分はチェックをしない。
うちの仕事は下手をすると、クライアントに数百万円の損害を出すことがある。それをわかっていながら、もしもこのようなミスをし続けるならば、このような人は会社にとって有害な人物である。社員は謝ればすむが、会社は損害を賠償しなければならないのだ。お客様の損害は、金銭だけですむことはない。お互いを傷つけあい、回復不能となることもある。
態度を改めないのであれば、早目にやめてもらった方が身のためだ。
真面目なほかの社員がかわいそうだからだ。
また、私語は、度を過ぎると会社のお金を横領しているのと同じである。忙しい忙しいと言っている人に限って無駄な時間を使っているものだ。
明るく、自信に充ち溢れ、お客様たちに元気を与える。
そんな税理士事務所でありたいと、つねづね思ってきた。
明るさは、誠実な人間関係の証である。
自信は、論理的思考力と体系的知識のなせる業である。
元気は、他人を思いやる気持ちが作り出す。
今、社員たちの成長がまぶしく思えることがある。
新しい世代が頼もしい。
私も頑張るよ。
道なき道を切りひらくのは私の仕事だ。
正当な努力は必ずや実りの秋を迎えるはずだ。
信念をもって一歩一歩、歩むことにする。
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税制改正シリーズ…教育訓練費
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相続税の申告を控え、申告書をチェックしながら、相続税と所得税の連続性について考えを巡らせていた。
最近、租税とは何か、という原理的な問題について興味を持って文献などに当たっているところだが、
租税とは究極的には「所得税」でなければならないのではないだろうか?
他の税金はおしなべて、すべて「所得税」のコロラリーであり、補完もしくは変容形態にすぎないのではないか、仮に現状がそうでないとするならば、そのような方向性を志向していくのが正しいのではないだろうか?などと考えている次第である。
憲法が、応能課税主義を定めているのだ、というのは租税法における通説といってよいと思われるが、能力というのは租税を負担する能力、つまり担税力のことであるといわれている。
ここに、いわゆる担税力とは究極的には「所得」を指し、「所得」とは純資産の増加であると定義づけられる。相続税(贈与税を含む)は、個人のバランスシートにおける店主借としての純資産増加であるから、不労所得の一種である。このような観点から考えれば、相続税の本質はしょせん広義の「所得税」のひとつであるととらえることも可能であることになる。
所得税法の9条には、相続税・贈与税の課税対象となるものは、非課税として掲げられているが、その趣旨は、この考え方からすれば、所得でないという趣旨ではなく、相続という広い意味の所得については特別法の相続税が課税されるがゆえに、一般法たる所得税法では課税しないのだという理論構成をすることになるだろう。
さてさて、前置きはこのくらいにして、今日は税制改正のうち教育訓練費を取り上げよう。
教育訓練費の制度は、小泉内閣において鳴り物入りでデビューした規定であったが、統計上、使用はそれほどなされていなかったと記憶している。
これをもっと使い勝手の良いように変更するのが本改正の趣旨ではないか、と思われるが、概要を説明すると、次のようなことになる。
人件費の中で(「労働費用」というから、役員報酬を除いた人件費のことを指すか。詳細はまだ不明。)教育訓練費の占める割合が現状平均の0.15%以上の場合には、教育訓練費の1割程度(お金のかけ方によって8%から12%の間で変化する)を税金から控除することができるようにする。
割合は、教育比率の割合のうち、0.15%を超える部分に40を掛けたものを8%に加えた割合である。
たとえば、人件費が100万円で、教育訓練費が20万円の場合、(20%-0.15%)×40+8%=15.84% が率ということになるが、12%で打ち止め。20万円×12%=2万4千円が控除税額である。
教育訓練は、日本の国力をつけるうえで、確かに重要項目であると思われる。
企業は人なり。
日本の労働生産性はアメリカに比べるとまだはるかに低い。製造業はまずまずだが、サービス業は比べ物にならない。農林水産業に至っては惨憺たるものである。
豊かな国への第一歩。
まずは足元のうちの会社からしっかりしていこうと思っている。
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