大学院では普通の凡才だった私だが、
同級生たちは立派である。
先ほど、同級生だった女性から、司法修習を終えて弁護士に登録する旨のメールが届いていた。
喜ばしい限りである。
でも、自分のことを思うと複雑だ。
同級生への年賀状も出したりしながら、
まだ、心の中にくすぶる悔しい思いを認識している。
すでに来年分の願書は締め切られているが、
落第生の烙印は、私の心の中からはいまだに消え去ってはいないようである。
ヘンな話で恐縮だが、私はそんなに頭のよい方ではないと思う。
よく、人に話すときは、コンピュータにたとえて話をする。
本当に頭のよい人というのは、PCでいえば、CPU(中央演算処理装置)が優れている人である。
頭脳の回転が速く、同時にいくつもの演算処理ができる。
この手の人は、実際にはあまり巡り会えない。
私がいたのは文系の大学院であるからなのかも知れない。むしろ、理系のほうに走る方が多いのかもしれないと思う。もちろん、クラスメイト達の中には、話をしていて、「こいつはキレる」とひそかに感動する友人が何人もいたことは事実である。
よくある頭のよい人といわれるのは、情報処理量に優れた人たち、PCでいうと、メモリーがテラバイトクラスの人たちである。この人たちは、同時に多くの情報をまな板の上に載せておくことができ、情報の流通を制御しながら、的確・着実に演算を行う。
法律を読解するリテラルな能力は、このようなメモリーがたいへん重要である。簡単に説明すると、次のようなこと。原則はこうだ、しかし、例外が三つある。その例外ルールが適用される要件は、①②③だ、などと、複雑に分岐したルールが法律分野ではたくさんあり、きちんと体系を理解していないと迷路の中でさまようはめになるのである。
最も凡才なのが、ストレージが優れた人たち。要するに、ハードディスクが広大な領域をもっているタイプの人たちである。簡単な言葉で言うと、記憶力が優れている、というものである。
悲しいかな、私は第三のストレージタイプである。
記憶力は素晴らしいと自分でも思う。しかし、少なくとも42歳の今は、メモリーもCPUも普通の人でしかない。
年をとったのかもしれない。
儒教思想ではないが、人生にはステージというものがあるという。
父母に何度となく説教をされながら、いろいろなチャレンジをしてきたが、
2代目を襲名する今、もはや冒険をする身軽さはない。
じっくりと腰を据えて、会社の地固めに専念することにしよう。
だいぶ記憶も薄れてきたが、
どんな出来具合だったかをここに書きとめておこう。
気にしてくださる方もおられるようだから。
租税法
第1問 保証債務を履行した場合の譲渡所得の特例
保証債務を履行するために不動産を売却した場合には、求償権が貸倒れになった限度で譲渡所得を非課税とする制度だ。他人の債務を払ったわ、求償権は画に描いた餅だわ、ということでは、キャピタルゲイン課税の正当化根拠が欠けるという趣旨。事例問題の中で、適用できるかどうかを問う問題だった。難しくはないのだが、付け焼刃の人はこれはちょっと歯が立たないのではないだろうか。
第2問 使用者責任とフリンジ・ベネフィット
社員のミスで事業主が損害賠償金を全額負担する。 それは社員にとってどのような課税関係を発生し、事業主にとってどうなるか。また、もらった会社の方はどうなるのか。これも基本問題ではあるが、書き方はいろいろあるだろう。考えすぎて時間がなくなりしり切れトンボになったのが残念。
公法
第1問 信教の自由と条例
アレフのような団体が大規模な教団施設を建設しようとする。しかし、住民の猛反対をくらい、市役所にも建築の不許可処分を下される。しかし、その根拠は「街づくり条例」という条例だった。信教の自由の制限と、条例と法律の関係について論じてみた。どんなものだろうか。
第2問 外国人の強制退去
ついつい時給の高い風俗店で皿洗いのバイトをしてしまった留学生。警察のガサ入れ時に運悪く居合わせてしまう。出入国管理局に令状によって強制収容され、あわや強制送還寸前。さて、あなたが弁護士ならどうやって助ける?生々しい問題。とりあえず、令状の効力の停止のための執行停止と、本案としての取消訴訟を検討。ターゲットは令状の発付処分。しかし、違法性の承継がないと訴訟に勝つことはできない。そこで、直接に原処分の取消訴訟も並行する。どんなものだろう?本案としては、管理官が法律に根拠のない事実上の推定を基礎としている点に着目し、間接反証で要件を崩すことを論じてみた。内容的には自信がないわけではないが、残念ながら最後がしり切れトンボに。
民事
第1問 新株発行等無効の訴えと株主代表訴訟
自動車部品を主とする中小企業が、カリスマ・ゲームクリエイターを得て、ゲーム部門を作ったところ、これが大ヒットして店頭企業まで登りつめる。しかし、自動車部品の部門はバブル崩壊後に大幅な赤字に転落し、得意先から企業提携を持ちかけられる。社長はすっかり乗り気で、役員会の反対派が海外出張している間に取締役会を招集、強引に大規模な第三者割当増資を決定する。大株主となった得意先は役員会でも影響力を発揮し、反対派は役員改選で再選されず追い出されることとなってしまう。ところが、カリスマ・ゲームクリエイターは反対派の副社長への義理から、会社を辞めてしまい、これに追随して一気に人的資源が社外に流出。株価は大幅に下落する。さて、①反対派は何ができただろう。②得意先も株価低迷の影響を受け、株主から責任追及をされる羽目に陥る。代表訴訟の行方はいかに?
①についてはいまさら差し止めは訴えの利益がなく、新株発行等無効の訴えに出ることを考えた。無効原因は、取締役会の卑怯な開催方法と、有利発行該当による株主総会特別決議の欠如の二点を検討。前者は、判例法理である93条但書類推説でアウト。しかし、後者には該当し、無効判決は可能であるという筋。
②については、経営判断の原則と善管注意義務の衝突の問題としてとらえ、経営判断原則に該当する限りは違法性が阻却されるという考え方を擁立。経営判断原則内であるとしてこの場合の代表訴訟は却下されるという筋を論じた。最後が時間切れだったが、こんな感じでどうだろうか?
第2問 契約の成立と危険負担・いろいろな解除の要件事実・書証の二段の推定・制限付自白と理由付否認・弁論主義の第2テーゼ
これは長いので省略する。事案は美術品のコレクターがブローカーを間に入れて外国から美術品を購入したが、船舶による搬送中にキズが。コレクターはある展示会に出品したかったが、修理がとうとう間に合わなかった。コレクターは解除を主張するが、ブローカーは聞いていないという。証拠や言い分をどう使っていくか。これも生々しい問題であった。
刑事
第1問 権利行使と財産罪・共犯関係の解消
交通事故の示談役をかってでた男は、実は悪意を秘めていた。騙しや脅しをたくみに使いながら、自らの分け前にありつこうとする。これが詐欺・恐喝を構成するかどうかが第1の問題。最初の恐喝時に傍にいた共犯者は、嫌気がさして「俺は降りる。お前もやめろ。」という趣旨の提案をする。犯人は、わかったよ、金も返すよと答えたものの、結局は単独で犯行に至る。この場合、共犯者の罪責はどうなるのか。これが第2の問題。
山口先生らしい問題と思い、悪いくせが出た。予備校答案をやめ、徹底的に山口刑法を論じてしまった。これは、ホームランになっていないだろうか。小問2では、最高裁判例のボディーガード事件を例に挙げ、①共犯者と正犯者の関係、②意思疎通状況、③行為支配状況、④動機、⑤最終的な経済的利益の帰属の5点に着目し、共犯者の法益侵害惹起の影響力の消滅を認定し、共犯関係が解消したという筋道にした。これも結構自信がある。
第2問 承諾のないビデオ撮影・犯行前の捜査の可否・類似前科の立証の可否
ベンツばかりを狙った連続放火事件が発生する。警察は、同じような状況のベンツを数台探し出し、ビデオカメラを回しておいたところ、一つが犯人を見事にとらえていた。しかし、このビデオカメラは証拠として使うことができるのだろうか?
これは上智大学の長沼先生の問題と直感。先生の有斐閣「演習刑事訴訟法」の記述に忠実に、そっくりコピーした答案を書いてみた。①任意捜査と強制捜査の区別から、撮影が侵害する法益とは一体何か、という問題提起をし、京都府学連事件最高裁判決の「みだりに姿態容貌を撮影されない自由」を保護法益に設定。最高裁の基準に含まれる現行犯性が実は証拠保全の必要性に吸収されるという論証を試みる。②捜査は、国民の自由のために犯行前には許されないのが原則だが、連続して累次の犯罪を実行するケースでは過去の犯罪の捜査として許されるという筋道を立てた。③類似前科は、法律的関連性の問題として原則として証拠能力はない。しかし、本件の場合、犯行の手口が特殊で、引っかき傷をつけ、ベンジンでボンネットに火をつけるという同じやり方をしている。類似前科が証拠として忌避されるのは、裁判官に誤った予断を与えるからだ。そうだとすれば、その危険性がない範囲では証拠として用いてもよいのではないか?こんな流れで論じた。これもだいたい自信がある。
私は税理士なのだが、どうも刑事系の問題の方がうまく行ったような気がする。
しかし、去年も試験に落ちたのだから、今年受かるという保証もない。
とりあえず、大きなことは言うのはやめておこう。
超自然的・超人間的な本質が存在するのなら、私の願いをかなえて欲しい。
司法試験は、やはり難しい試験だ。
択一試験の正誤表がTKCから出ていたので、ちょっと試しに採点してみたら、だいたい7割の正答率。
必死になって勉強しても、こんなもんかとがっかりした。
民事系と刑事系は7割を超えているのだが、今年は…というか、今年もというか、
公法系がめちゃめちゃ悪い。
おっかしいなー。普段、行政法や憲法は、比較的得意だと思っていたのだが、本試験は難しい。
思ったようには行かないものだ。
逆に、刑事系などは、一問あたり10秒くらいで正解した問題が多く、あの難しい論理操作をよくもあのスピードでできるものだと自画自賛。実は、試験開始後10分間、完璧に解こうなどと、ちょっと妙な考えにとりつかれて試験時間を無駄にしてしまったため、その後は半分気が狂ったようにスピードを上げて問題を解答していた。旧司法試験の刑法の問題はパズル的で有名だったが、新試験もだんだん似てくる傾向にある。刑事訴訟法までが、知識問題が多かった昨年の問題よりも、論理操作の多い思考型問題に変貌しつつあるようだ。
足きりは去年は6割だった。とりあえず、予選は何とかクリアしただろうか。
去年と違って、マークミスはないと思うのだが、反射神経の鈍ったおじさんにはきつい試験だ。
皆さんは普段、思考を言葉で考えておられるだろうか?
私は比較的、言葉にしてから考えるタイプで、感覚的に判断することをあまりしない。
そうすると試験には間に合わないので、試験中はシナプスの電流の反応速度にあわせて問題を解く。
問題文を読むときも、一言一句読むのではなく、文字列を全体として視覚に入れ、「正しいものを選べ」「誤っているものはいくつあるか」などの語尾の部分にだけ注意する。
6時間半もの時間、集中力を持続するのは不可能に近い。私なりに工夫したメリハリなのである。
さあ、予選を通過すると、いよいよ正念場の論文だ。
神仏の加護を祈るより他に私のなすすべはない。
いよいよ、運命の日が迫ってきた。
明日がその日だ。
僕は、自らのすべてを賭けた。
いまさら、何をいうこともない。
何をすることもかなわない。
だが、この世に神というものがいるなら、僕のたった一つの願いをかなえてほしい。
思えば、いろいろなことがあったものだ。
学生のとき、東京大学法学部を受験して落ちたとき、僕は人生が終わったような気がした。
そのあと、崩れていく自信を取り戻すきっかけになったのが、司法試験だった。
法律が好きになった。これなら、自分にも何かよいことができるような気がした。
だが、当時の僕は、好きなことしか勉強していなかった。
得意なことだけ勉強して、僕の知識は穴だらけだったように思う。
試験には、知らないことしか出ない。
僕は再びボロボロになった。
塾講師などしていれば、結構な収入になった。
僕は、今で言うフリーターの先駆けである。
子供たちには結構人気があって、塾の看板講師になってしまった。
できない子をできるようにするのがうまい、というふれこみで、結構親御さんからも評価が高かった。
自前のテキストまでワープロで作り、文系のくせに数学を教えるのがもっとも得意だった。
法律への情熱が、結局は薄かったのだ。
腐っていく僕に対して、優しい母も、「お前の人生負けだらけ!」「負け犬!」などと怒ってくれた。
父は、僕に、受からなかったら、やめて税理士になる誓いを立てさせた。
僕は、あっさりと賭けに敗れて、税理士試験の勉強を始めた。
税理士試験は、僕を叩きなおしてくれた。リハビリには最高の試験だった。計算あり、法律あり。
テストはまるで百メートル走。
はじめ!の合図とともに、スタートからダッシュする。
僕は徹底的に試験を攻略した。
電卓は左手打ちにした。右手で字を書きながら、左手で計算する練習をした。
電卓の打ち方も極めた。予備校で教えてくれるのをさらに発展させ、まったく無駄のないように、グランドトータルやメモリを自由自在に使う。徹底的に鍛え抜かれた計算方法を開発し、計算問題を確実にクリアする。
さらに、論文を書くスピードを飛躍的に向上させるべく、予備校のサブノートをB4で150枚も丸暗記した。嘘だと思うだろう?本当だ。かぎカッコや句読点の位置まで、完全に丸暗記していた。我ながら、あの記憶力は化け物じみていたと思う。問題を見た瞬間に、答案構成が組みあがる。書くスピードを向上させるために一文字一文字、略字も開発した。論文は普通の人は50分かけて二問書くが、僕は、25分で2問書けた。それも、与えられるB4の罫線紙を5枚全部使う。字数にしておそらく4000字強のはずだ。1秒に3文字程度書かないと、このスピードは出せない。論文を他人の2倍のスピードで書ける僕は、計算問題に他人の1.5倍の時間を費やすことができたわけだ。
そんなこんなで、消費税の模擬試験では、6回連続で百点を取り、先生にうなぎをご馳走してもらったこともある。全国模試でも成績優秀者に必ず名前を連ねていた。
税理士試験に通ったとき、本当にうれしかった。
東大に落ちて以来、はじめて自分で勝ち取った合格だった。税理士登録したとき、それで誓いを立てたのだ。「僕は最強の税理士になる」とね。税理士会ではずいぶんからかわれたけれど、今でもその気持ちは変わっていない。
同時に、試験に合格するためにはどうしたらよいのかが、見えた。自分が司法試験に合格できなかった理由もわかった。税理士試験での自分は、限りなく貪欲であった。あらゆる分野をもれなく勉強し、穴など一つもなかった。問題の紙が落ちていれば、拾って問題を解いた。受かるために、徹底的に試験中の体の動き方を研究した。
今回の司法試験では、自分なりにかなり工夫をしてみた。
事務所の確定申告を手伝っていた僕には、勉強時間がなかったのだ。
東京のマンションに戻ったときは、すでにあと50日しか残されていなかった。
最初に作ったのは、日めくりカレンダーだ。
次に、教材を選んだ。時間がないから、最小限に圧縮されていて、なおかつ正確なものでなければならない。これは、有斐閣の判例六法が最適だ。条文は正確だし、判例は自分が習った教授陣が厳選したものだ。一番よいのは、たった一冊で足りるということだ。50日間、ひたすら判例六法を読む。読みふける。これしかないと思った。
最初から、論文試験は捨ててかかっていた。40歳を超えて、反射神経が鈍っている自分は、択一試験がすべてだ。択一に合格できなければ、最初から論文試験にたどり着くこともできない。旧司法試験とは異なり、新司法試験は、択一が非常に困難なハードルである。20秒やそこらで○×を判定し、マークしなければならない。それを1日に800回繰り返すとしたらどうだ?まるで車のブレーキとアクセルである。まして問題がそう簡単ではない。それで、私は最初からすべてを択一試験にかけ、論文試験はプロパーでは勉強時間をまったく割くつもりはなかった。
選択科目は租税法だ。勉強しなくたって、解けるはずだ。解けないくらいなら、税理士を辞めろ。他の科目は、東大で鍛えられているはずだ。択一の知識があれば、論文で落ちるはずなどない。
生意気に聞こえるかもしれないが、このくらいの気迫がないと、択一の勉強しかしないという恐怖感を克服することはできない。配点は、択一試験の4倍が論文に当てられることはわかっていた。それでも、私は論文を捨てて、択一に全力を尽くす。そうでなければ、私は択一試験に合格することはできなかったのだ。
択一試験に全力投球することを決めた私は、毎日毎日、寝ても醒めても判例六法を読んでいた。執念というか、飽きっぽい自分がよく辛抱できたものだ。模擬試験も最小限に抑えた。TKCの全国模試以外は何一つ受験していない。予備校にも通わず、気味が悪いほど、規則正しい生活をした。
会場が遠かったので、五反田にホテルを1週間かりた。試験期間は、5日間の長丁場だ。滞在型のホテルは、洗濯乾燥機もあって、快適だった。ルームクリーニングも一切なし。完璧に邪魔が入らない環境を作ることができた。ここまでやって、落ちたのなら、誰のせいにすることもできないだろう。自分自身の不徳の致すところだ。
今だから言うが、東大の大学院はつらいところだ。甘えた気持ちで、何となく行けるような場所ではない。先生たちは本当に厳しい。厳しさが愛だとわかっているのだろう。私も、いくつかの科目で辛酸を嘗めさせられた。評価が本当に辛い。また、周囲の学生たちもさすがによくできる。頭が違うのだな、と何度も思わせられた。僕は、凡才である。努力の人である。
いよいよ、時間が近づいてきた。こんなことを書いている間にも、刻々と運命の時間が近づいてくる。
To be or not to be、ハムレットになった感じだ。
許されるものならば、僕は証明してみたい。
努力が必ず実るものであること。
思いが強ければ、きっと願いがかなうこと。
真摯さは、つねに報われるものであること。
もちろん、僕の人生の目標は、これで終わりというわけではない。
それなりに苦労してきた体験を生かして、
他人に夢と希望を与え、
そして、命ある限り、その夢と希望をかなえる手助けをしたい。
正義の光で、人々の足元を照らし、生きる道しるべとなる。
そんな弁護士になってみたい。
ああ、長くなってしまった。読んでいただいた方、お付き合いくださってありがとう。
あと16時間ほどすると、運命が決まる。
今日は眠れるだろうか?
9月21日の発表を控え、どんどんテンションが下がっていく。
最高裁判所から公表された「採用願」に必要な添付書類を用意しているうちに、自分がとてつもなく無意味なことをしているような錯覚にとらわれてしまうのだ。
①昨日の記述の通り、実務修習地が近隣で選べないこと。
自分がどんどん老化していることを体で感じる中で、無駄な時間を一瞬たりとも使いたくはない。
②兼業禁止とは何だ?
父が創業した人材派遣会社アップロードは、私にとっては父の背中であると同時に、大切な同僚たちの象徴でもある。平成9年に入社してその後、取締役に就任、自分なりに会社の運営に必死に取り組んできた。公務員になるためにはいったん退職しなければならない。アップロードのない私と、私のいないアップロード。どちらも深刻な問題となる。東京に行っていた去年よりももう一段階難しくなる感じだ。
さらに、気に食わないのは、税理士と行政書士の資格抹消?そんな必要性がどこにある?私は法を破ったりはしない。税務署に廃業の届出をしようと準備していたところだ。しかし、それでは足りず、資格を抹消しなければならないという。しかし、抹消した場合の損害は大きい。法務大臣の出入国管理のハンコは?日税連の自治体監査人の資格は?NPOアカウンタントの称号は?単位会で積み上げてきた役員としての実績は?一度払った登録免許税などの諸経費は?考えると気が遠くなる。また、収入が上げられなくなって、30人いる、うちの社員たちを路頭に迷わすつもりか。
③給料がべらぼうに安い。額面で20万円という。私は10年前に建築した住宅のローンがあり、それだけで月々10万円の返済がある。それで家内と、娘二人を養い、なおかつ、単身赴任をして家賃を払えと。挙句の果てに兼業は禁止という。とても不可能だと思われる。
細かいことはいろいろあるが、上記の三点はちょっとこまりものだ。
大学を卒業したばかりで独り身の方々ならばちょっとの我慢で足りそうな気はするが……。
今回から、司法修習は1年間になり、最初の三ヶ月が研修所、その後九ヵ月間は実務修習ということになるらしい。
今回の実務修習地が発表されているのだが…
1群 東京、さいたま、大阪、神戸、名古屋、仙台
2群 静岡、広島、佐賀、那覇、旭川、高松
3群 新潟、松江、熊本、鹿児島
どうも、究極の選択という感が否めない。ここから、第4希望まで記載することになっているのだが、ややこしいことになっている。
①一つの群からは2以上選んではいけない。
②第4希望については、選ぶときは必ず3群から選ばなければならない。
家族を置いて、単身赴任で1年間も家を空けるのはまず避けたい。できれば、何かあったときに家に帰れるような体制にはしておきたいではないか。そうであれば、1群からは、東京、さいたま、大阪、名古屋が候補となりそうである。ただ、私は大学一年生のときに大阪方面に1ヶ月ほどいたことがあるが、どうも個人的に大阪にはなじめないことが判明している。詳しくは書けないのだが、率直に言って、大阪弁にはついていけそうにない。神戸、仙台は住んでみたいと思ったこともあるが、やはり遠い。そして東京は人気が高いことが予想され、くじ運も悪く、劣等生の私はまず無理だろう。結局、さいたま、名古屋あたりで第1志望と第2志望を出そうかな、というあたりで落ち着きそうだ。名古屋は何気に高岡から感覚的に近い。特急しらさぎ号も便利だった記憶がある。
第3希望は……。言葉がない。那覇は人気があるという。崎山という名前に縁があるのか、私は沖縄が好きで、何度か旅行に行ったことがあるが、仕事はどうだろうか。とてもネクタイが似合うところとは思えない。広島は、システム監査の研修で一度いったことがあるのみ。
佐賀?ハウステンボスにいったときに通ったかしらん?
旭川?友人の家があったっけ?確か寒いはず。黒い旭川ラーメンは嫌いではないが。
高松?中学の修学旅行で金比羅さんに行ったときに通ったか。
静岡は平成5年くらいに、富士宮市に1年間住んだことがあるが。
ううむ…。むむむ。接点がある場所がない。静岡にすべきだろうか?
第4希望はどうしよう。松江、熊本は人生の中でまったく接点がない。鹿児島は友人の結婚式の際に一度。食べ物がおいしかった記憶があるが、さすがにそういう問題ではない。
やはり新潟と書くべきなのだろうか?
だが、富山県人ならわかるだろうが、新潟は隣とはいえ、めちゃめちゃ遠い。たまに帰ろうか、なんていう距離ではとてもないのである。
どうも、こんなに物事に悩んだ経験はない気がする。「新潟」と書いた瞬間に新潟に決まりそうな気がしてならない。去年の豪雪を見て、それでも新潟を選ぶ人は少ないのではないかと思われるのだ。
最後に、寒い笑い話を一つ。
司法試験に合格していなかったら…これだけ考えたことはすべて徒労に帰す。ハー。