とうとう、富山県に対する監査レポートを
昨日、納品した。
全部で、図表をおりまぜ、A4で160ページにもなる。
ワードでは、4Gのメモリを積んでいても、
一度に開くとパソコンがおかしくなった。
まだ、書ききれない部分や、言葉足らずの部分もあった。
しかし、私たちの仕事は、常に時間との戦いである。
いいものを作ることも大切だし、
時間に間に合わせることも大切だ。
今回は、これ以上、時間を使うことができる状況ではなかった。
なかなか、監査というものは体験しないと、わからないものだ。
私も初めてのことで、本当に苦労した。
監査のやり方。
問題点を引き出すノウハウ。
民間との違い。
法律条例の膨大なボリューム。
レポートの書き方。
図表の入力。
データ収集。
そして、文章力。
最後の文章力は、全力を振り絞って書いた。
業務に理解を示しつつ、よいものはよいとほめ、
悪いものはケチョンケチョンにやっつける。
実際の現地監査は大変なのだ。
何せ、敵は数十人で、味方は自分一人だ。
宮本武蔵のように、数十人を相手にしつつ、
たった一人で戦わなければならない。
しかも、自分は素人で、向こうはプロだ。
とにかく、全力で駆け抜けた半年だった。
しかし、まるっきりボランティアみたいなもので、
半年も働いて、私は25万円くらいしかもらっていない。
残業もたくさんしたし、8時間労働の騒ぎではない。
それでも、私の給料は月5万円。
派遣労働者よりも悪い。
私にも生活保護をお願いしたいところである。
金銭には代えられない勉強をたくさんさせてもらった。
同時に、いくつかのものを失った。
孤独感は、精神をむしばむ。
つくづくと、弱い人間だと思う。
しかし、私が弱い人間であっても、誰も喜びはしない。
みな、私が鉄のような精神をもっていると信じたいのだろうか。
冷徹で、合理的で的確な判断。正確無比な業務。
何もいいことがなくても機械のように仕事をこなし続ける?
それとも、この人は自由気ままに好き勝手に生きていて、
何の苦労も知らない?
どうせ、自分の苦労なんてわかってくれやしない?
夢をいくつか捨てることにした。
また拾うこともあるのかもしれないが、
捨てることがよいことだと信じた。
その瞬間―
胸にポッカリ穴があいたような気がして、
多くのものが体から流れ出して消えていった。
そして、
私は空っぽになった。
道は一つではない。
選択の幅はいつも用意されている。
私たちは、思い思いに自分たちの道を選び、
その選択には自分が責任を負う。
それでよいのだ。後悔をする必要はない。
昨日今日と、和光市にある税務大学校の公開講座に参加している。
「税を考える週間」税を考えろ、というから、
忙しいにもかかわらず、税のことをいっぱい考えてしまった。
そうそう。今日は、公会計・財政のテーマである。
富山県の外部監査をするようになって、地方自治体のこともよく考えるようになった。
公会計については、アメリカの制度に習った新制度がしだいに導入されつつある。
しかし、会計制度がいかに革新されようと、
財務自体が健全化しなければ何の意味もないわけだ。
よく、プライマリーバランスという言葉が用いられるが、
これは、企業経営で言うならば経常キャッシュフローのようなものである。
要するに、営業キャッシュフローと投資キャッシュフローの結果で、
債務の償還前の資金繰りと思えばよい。
もっとわかりやすく教えてほしいという人は、
ざっくり、「経常利益」がマイナスだ!と思ってもらってもよい。
えっ?それが赤字なわけ?
なんて、いまごろ叫ぶ人がいるかもしれないが、
実は、本当に赤字なのである。 (^^;
どうします?
あなたの会社が経常利益がマイナスで、
しかも、簡単にもどせそうにないとしたら??
普通の会社ならば、社長含めて給料を減らしたり、
ボーナスをカットしたり、経費を減らそうと心掛けるだろう。
うちは、MAS監査を導入しており、このような指導も行う。
また、銀行にリスケや返済ストップなどの財務改善を指導するときは、
当然のことながら、自助努力が不可欠である。
だが。自治体や国は、これが簡単にできない仕組みになっている。
ご存じのとおり、法律と予算の拘束力だ。
公務員の給料や退職手当、その他様々な手当などの人件費は、
膨大な法律の多重保護を受け、
良くも悪くも、柔軟性に欠けること著しい。
財務分析の世界には、労働分配率という言葉がある。
限界利益(粗利益と思ってほしい)に占める人件費の内訳のことを一般に言うが、
これが5割を超えると、経営は成り立たないというジンクスがあるわけだ。
さて、自治体の決算において、労働分配率はいったい何パーセントくらいを占めるのだろうか。http://www.pref.toyama.jp/cms_cat/403040/00005915/00205585.pdf
ためしに富山県の20年度予算をひもといてみた。
人件費は、1483億。歳出の30%弱。
しかし、これは労働分配率にあたる比率ではなかろう。
なぜなら、収入の中には、借入金(債券)の収入も入っているからである。
思いきって、県税や使用料収入などの純粋な自主財源に地方交付金や国庫支出金を加えて、
3683億円という数字を出してみた。http://www.pref.toyama.jp/cms_cat/403040/00005915/00205584.pdf
これで計算すると、40%強。
さらに、国庫支出金を除外して計算した3163億円という数字を使うと、約46.8%。
この数字がいかなる意味を持つかは、もう少し正確に考える必要があろうが、
反面、「扶助費」のように、人件費に含めたほうがよいような費用も他にありそうである。
企業会計の場合、固定費を下げて、変動費化することが
変化に強い企業体を作るポイントであることが指摘される。
公共団体の場合にも人件費を変動費化する工夫がぜひとも必要ではないか。
制出制入という言葉をご存じか。
民間は、あるお金の中で出費をまかなう。
ところが、国は出費は固定化しているから、税金を増やそうとするのである。
出費を減らせと予算にシーリングをつけると、真っ先に削られるのは事業費である。
公共事業を削減し、新事業は極力行わず、
かつて大きなお金をかけて作られた建物も格安に売却して捨ててしまう。
遊休資産?そんな簡単に遊休資産ができていいのか?
事業がなくなるなら、その事業に関連する公務員の方々は不用である。
公務員の方々だけが職を残し、事業だけがなくなるとすれば、それは不公平以外の何物でもない。
一度就職したら、職は決してなくならない。
給料は、下がることはほとんどなく、物価とともに上がっていく。
平均年収は職種を問わず、民間よりかなり高い。
これらを指して、人々は、公務員を「安定した職業」と呼んでいる。
結婚するなら、公務員という声を私は何度となく聞いた。
以前から言うように、
私は「公平」とか、「平等」という言葉が嫌いである。
何と何を比較して公平というのかが、あいまいなことが多いからだ。
本質をごまかし、金額や待遇などのうわべだけで比較することが本当に「公平」か。
仕事の内容を一人一人検討すべきである。
悪いが、もはや四の五の言っている場合ではない。
小泉改革がやり遂げた方法もある。
改革に聖域はない。
みんなのお金じゃないか。大切にしようよ。
簡単に税金を増やそうなどとするのはやめよう。
そんなことをしたら、かえって日本という国のスポイルを継続させるだけだ。
国が大きすぎるなら、自治体のことから考えよう。
県が大きいなら、市町村から考えよう。
自分たちのことは自分たちで決める。
偉い人に任せておけば、何とかなる、なんてのは、幻想だ。
公務員に任せておけば、何とかなる、なんてのも、幻想だ。
自分のことは自分がする。
自分は自分で守る。
本当に国や自治体に任せなければならないことはなんだろう。
もう一度、そこから考え直さなければならない。
「会計が重要である」
繰り返し、社の内外を問わず、公言している。
税務と会計の分離。
ようやく、規制緩和が進み、最近では、金融システムが自由度を増し高度化し、会社法・公益法人制度・協同組合・信託など、さまざまな法制度が多種多様に事後承認されつつある。
国際化の流れの中で、日本に居ながらにして様々な金融商品に投資する人も増え、普通のおじいさんが、何の抵抗もなくデリバティブを購入していらっしゃったりする。そんな中で、日本の会計が古臭いという感覚がたいへん強い。
会計基準は、どんどん国際化し、ASBJという組織が、日本における会計の標準化に取り組みつつある。そして、中小企業会計基準も、それに追随し、会計の国際化はとどまるところを知らない。
中小企業は、いまだ実感として、会計が国際化していることをつかみきれていない。
しかし、重要なのは、主要な資金調達の相手方である金融機関は、すでに金融ビッグバンの真っただ中で、会計の国際化、電子化、金融の多様化・国際化に、直面しているという事実である。
相手が変化していることに気づかず、目先のことにとらわれていると、いつか足をすくわれることになってしまいはすまいか。
クライアントを導く立場の私としては、パターナリスティクな心配が絶えないのである。
日本は、遅い。
税務の基準に相変わらず引っ張られ、税法が変わって初めて会計を変える。
減価償却や、リースがようやく国際基準に近付いてきたが、
時間の価値が会計に及ぼす影響も考えず、
退職金会計、減損会計も、資産除去債務も、時価会計も、連結も、税効果会計も、まったく一顧だにされない。となりの韓国も、2011年に国際会計基準を導入するといい、頼りのアメリカも国際会計基準の導入を決定したという。
会計が軽視されるのは、正しい利益が何かということを経営者が軽視しているからである。
逆に言うと、経営者がいい加減にしていても文句を言わない株主がゴロゴロしているからである。
日本という国は、喧嘩をしないことをたっとぶきらいがある。
だが、喧嘩をしないこと=強いものに道を譲ることは、自動的に格差を広げることになる。
今頃になって、格差社会だとか、ジニ計数だとか、
そんなことを言うならば、皆で力を合わせて、強いものを倒せばよい。
じっと我慢して、誰かが国を変えてくれることを期待しているのであれば、
そのまま格差に甘んじて暮らすしかあるまい。
昔の日本とは異なり、
今の日本には、太らせて食べる養殖型の政治家はいないのである。
どうも政治家はみな、狩猟型の食べつくすタイプに変化したように、
私には見受けられる。
戦うことを恐れるべきではない。
愛する者を守り、幸せをつかもうとするならば、
私たちは、父として、夫として、親として(むろん、女性であっても同じこと)、
人と争い、打ち負かし、そして奪い合うしかなくなってしまったのだ。
会計は、経営者の成績を如実にあらわす。
だからこそ、経営者は、会計の数字には敏感になるべきだ。
それは、自らの手腕のバロメータであり、
同時に、自分の生活を良くするための糧である。
また、株主たちも、会計の数字には敏感になるべきだ。
自分たちが投資したお金を、経営者が無駄遣いしていないかチェックするのは当然だ。
余剰があれば、リターンを要求するのは当然だ。
経営者と株主は、基本的に利害が相反するのである。
経済が高度化しているにもかかわらず、
経営者たちは、それに敏感でない。
私にはそれがとても残念である。
切磋琢磨し、手法を研究し、よりよい会社を作る。
より楽に経営する。安定的な基盤を作る。
経営は、通常の業務だけではない。投資もあれば、財務もある。
もう少し、数字に敏感になる必要がある。
そんな時代がとっくに到来しているのである。
銀行に相手にされなくならないように、
経済社会から拒絶されないように、
会社の経営ということをしっかりと考えてもらいたいと願っている。
会社法によって、会計参与制度が創設され、会計の専門家としての税理士法の規定が実体法においても裏付けられることとなった。
これまで、考えがなかなかまとまらなかったため、あまり明確な回答を避けてきた分野であるが、ある程度考え方がまとまってきたと思われるので、当事務所における対応について、簡単にまとめておくことにする。
一 会計参与の制度を概観
まず、会計参与の制度の全体を簡単に説明しよう。
1.会計参与は何をするのか。
会計参与は、取締役と共同で計算書類を作成し、別個に会計参与報告を作成する(会社374条1項)。この場合、会計参与としては、「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」に従わなければならず(会社431条)、中小企業の場合には「中小企業会計基準」がこれに相当する。計算書類は、本来的には取締役が作成するものであるため、意見を異にする場合がありうるが、最終的に折り合いがつかない場合には、株主総会で自らの意見を述べて(会社377条)、あくまでも基準に従うべく努力しなければならないと思われる。さらに、取締役に不正や違反があれば、株主(監査役)に報告する義務がある(会社375条)。株主や監査役が取締役の不正等について差止請求などの策を講ずるチャンスを与えるためである(会社360条・385条)。これらの義務を怠った結果、会社や金融機関に損害を与えた場合には、原則として損害を賠償しなければならないことになる(会社423条・429条)。
また、計算書類を会社と別に5年間備え置き、株主・債権者等に対して閲覧に供しなければならない(会社378条)。
2.会計参与には何ができるのか。
上記のように、会計参与は主に「中小企業会計基準」によって、会社の計算書類を統制する役割を担っている。そのため、いつでも会計帳簿等を閲覧・謄写し、使用人、取締役等から直接報告を求める権限が与えられている(会社374条2項)。
取締役と同じく、株主によって選ばれるので、その報酬は定款若しくは株主総会で決定され、会計参与は株主総会で意見を述べることもできる(会社379条)。
費用については、税理士と同じく、前払い請求、立替金の償還請求(利息付)、負担した債務の代弁済請求ができる(会社380条)。
二 当事務所における対応について
1.契約のあり方
上に見たように、会計参与は会計の統制役である。ということは、会社の作成する帳簿を監査し、指導する立場であるということが言えよう。そうだとすれば、昔ながらの会計事務所のように、みずから帳簿の記帳代行を引き受けている場合には、そもそも帳簿を監査する立場にはない。つまり、税理士の顧問契約に、記帳代行業務が含まれている場合には、当事務所は会計参与を引き受ける資格がないと思われる。どうしても、ということであれば、記帳代行契約を(株)アップロード宛てに変更する旨の合意をいただかなければならない。ただし、源泉所得税の計算等、税務にかかわる部分については、税理士法違反を避ける必要から、当事務所との間に税理士顧問契約を残していただく必要がある。
会計顧問部分を会計参与に振り替え、税務顧問部分を税理士業務ということで業務の切り分けをするということになる。
2.職務のあり方
税理士としては、税務に関する部分についてのサービスを提供する。会計参与としては、会計に関する部分についてのサービスを提供する。机上の理論としては、これら二つを区分することは可能であるが、実際の問題としては、利害が相反する場合が出てくることが考えられる。例えば、繰越欠損金の期限であれば、税理士としては利益を多く計上するために減価償却費を法定額より少なめに計上した方がよいと考えることがある。他方で、会計参与としては、金融機関等の利害関係者に正確な情報を伝達するために、減価償却費を少なめに計上することは避けなければならない。いずれも専門家の倫理としては誤ったものとは言えないが、両者を同時に満たすことが不可能であることもあるだろう。このような場合、税理士と会計参与が同一人物であれば、一人でジレンマを抱えてしまうことになる。
そこで、税理士と会計参与は、原則として別の人物が担当することが望ましい。当事務所において両方を受注する必要がどうしてもある場合には、当社の中で異なる税理士が二人参加する必要がある。それでも当事務所全体としてはリスクを2倍抱えるという現実は避けがたいので、必ず責任限定契約を締結することをクライアントに了承いただいた上で受注することになる(会社427条)。
以上
アメリカの会計基準には結構学ぶべきことが多い。
以前記したことがあるが、アメリカにはあの面倒くさい定率法が存在しないのだ。
加速償却として存在するのは、級数法のほかは、日本にはない、Double Declining Balance Method(DDB)である。
定番のWileyの11th Editionの邦語版を見ると、DDBが定率法と訳してあるが、正確には違う。便宜的にそのように表記したものと思われる。
日本語に直せば、2倍償却法とでも訳すのだろう。これがとても傑作な方法で、簿価に定額法の率を2倍した率を掛けるだけで償却費を出すというのである。
例えば、期首簿価が100で、耐用年数が10年なら、償却費は次のような簡単な式となる。
100×0.1×2=20
これが日本であれば、定率法の0.206を掛けて、
100×0.206=20.6
だ。日本の方法は、税務署に確認しないと(正確には耐用年数省令)0.206という数字が出てこない。役所に支配されている会計という点でも問題だし、数字が細かいという点でも面倒である。
アメリカ人はいい加減なようだが、ポイントを押さえているような気がするのは私だけだろうか?グラフを書けばわかるが、ほぼ定率法の目的を達成しているのである。
因みに、耐用年数を10年としたために、償却費の結果がほぼ同じなのは私の罪である。
仮に耐用年数が5年ならば、0.2×2=0.4(アメリカ)、0.369(日本)のように、結果にはそれ相応の差異が出てくる。
ただ、しつこいようだが、耐用年数だけのために、どれだけ税法のページが割かれているか、どれだけ公務員が必要か、計算が面倒くさくなっているかを考えてほしい。所得税の確定申告の際に納税者の方からよく聞かされるのは、あの減価償却の計算が出来ない!という言葉だ。もっと簡単にすれば、確定申告が楽に出来るようになる。公務員も減る。
経団連が主張するように、残存価額(salvage value)を無くすのも必要だと思うが、いっそのこと、定率法を廃止し、DDBを導入するのはどうだろうか。私は強く、主張したいところだ。
友人と話をしていて気がついたのだが、クレジット払いの領収書は、厳密には、いわゆる「領収書」ではない。
領収書とは弁済を証明する書類であり、民法によって定義付けられている。
ところが、クレジットカードによる支払をした場合、弁済は未だなされていない。
弁済は、カード会社が所定の日に、委託に基づく第三者弁済をする。
クレジットによる支払は、事前のクレジット契約に基づいて、ユーザがカード会社に対して指図人(会員企業)に対する支払を委託する手続であるに過ぎない。わかりやすく言えば、クレジット支払は小切手を切るのと同じなのである。
小切手で支払うことについては、裁判所はそのままでは完全な弁済だとは言わない。小切手を渡したからといって、つねに債務が消滅するとしたら、たくさんの問題が起きる。そこで、ちゃんと決済されて、お金になるまでは債務は残るのだ。逆に小切手を切ったほうも、論理的には、支払委託を取り消せば、小切手の支払はされないことになる。クレジットカードだって同じじゃないか、ということだ。
DCカード会員規約と、JCB会員規約、ダイナースクラブ会員規約の三つを確認してみたが、やはり「支払停止の抗弁」という条項がある。あとはAMEXだろうが、VISAだろうが、同じことだろう。例えば、クーリングオフを行なう場合などには、支払停止の抗弁を行使することによって、カード会社に支払わないように命令することができるわけだ。
結局、クレジット伝票は、あとで紙切れになる危険性が拭い去れない。したがって、クレジットによる領収書は、厳密には弁済を証明するものとは到底言えず、いわゆる「領収書」ではないということになるわけである。
それでは、「領収書」に当たるものはいったい何だろうか?消費税法上、仕入税額控除を受けるためには、「領収書」が必要なわけだが、クレジットの場合には何を用意すればよいのか?
もうお分かりと思うが、請求明細ということになろう。
なぜなら、仮にクレジット領収書が完全なものでないとするなら、その立替払いを実際に請求する書類がカード会社から届いているならば、事実として支払が存在していることを証明できるということになるのである。蛇足だが、それが口座から引き落とされていることまでは必要ではない。請求書が存在することが証明されればそれで充分である。