セールスフォースを当社で導入して約20日たった。
全体の所長に就任して二年ほどが経過する。
無我夢中で経営というものに取り組んできたが、ちょっとコツがわかってきたような気がする。
最初の頃は、自分の夢を無理やり社内に押し付けようとしていた。
雰囲気ごと理解せよというわけだが、これでは社員たちがたまらない。人生を半ば半分も歩んできた人たちに人生観を変えろと言っても踏み絵と弾圧で隠れキリシタンを生むだけだ。
経営者は、結果の成績が大切である。自分だけがガムシャラに頑張った分の成績でどれだけ会社を変えることができようか。小さいと言っても25人以上 が出入りする会社だ。一人の力なんてたかが知れている。それでも、支えてくれる社員はいたから、何とか成長させることができたが、自分にとって最も大切な 仲間ばかりに苦労をかけてしまう。ジレンマの中で悩み、苦しんだ。
ふと気がついたのは、組織を動かすのは、組織そのものであるということだ。人は直接組織を動かすことはできない。個別の業務命令と全体の組織運営の頭を切り替えるのだ。
方針を作る。まず簡単に何がしたいのかを明確に。
個別のルールを作る。どんな時にどうするのか。
そして、商品を作る。チラシを作り、社員もクライアントも端的に理解できるように。
価格体系を明確にする。見積りを直ぐに出せる体勢に。
実行部隊に、具体的な運営方法を研修する。
指標を作成し、進捗モニタリングを行う。
問題点をフィードバックする。
個別の業務は簡単だ。監督の指示が具体的だから、従うのは容易い。
しかし、一人一人に伝える内容が、直接、組織的業務であってはならない。
全体の統一性が取れなくなるし、言われた方は処理に困る。
実行すれば、自分は周囲から逸脱するし、実行しなければ上司に叱られる。
部下にそんな苦しい思いをさせるのは胸が痛くなる。
先日、株式会社武蔵野の小山昇社長の話は圧巻だった。
まさに、自分にとって、最も有益な研修であったように思う。
精神的な研修はしない。極めて実務的な研修こそが役に立つ。
私はもう、講師の席に立つことはしない。
私が話すことは難しいことだと皆が思ってしまうから。
誰もができることを誰もが講師をする。
自分たちで自分たちのやり方を作らせる。
業務時間が長すぎて、正直な話、疲れている。
税理士会の業務も結構きつい。
当社の特徴として単発の業務が結構多く、請負型の仕事は利益もいいが、神経を使う。
仕事が忙しいのに、本来任せてあった会社の経営に手を出さざるをえなくなって二年間。
営業活動の激しさもましてきている。最近は国内にとどまらない。
タフな私だが、どこまで頑張れるかよくわからない。
そろそろ、会社が命を得て動き出して欲しいものだ。
一昨日は、建設業関連のコンサルタントのお話を聞き、企業再生の生々しい話題に触れた。
そして、昨日は、日税連の会計参与実務研修会。会計参与の実務に携わる先生方のお話を聞く。
税理士たちが案外苦手な、数字の罠について今日は考えてみよう。
企業を経営される方々は、監査の必要性について認識されたことがあるだろうか。
「必要ない。」
ひとことで、一刀両断にされる社長が多いことだろう。
いやいや、本当は必要なんですよ、なんて言うと、かえって、人を疑心暗鬼に陥れる悪い奴だと勘違いされかねない。
そう。社長は、会社の情報を集約し、すべてを把握できる立場にあるから、中小企業くらいでは監査は不要であると思いがちなのである。
しかし、この辺りに問題が潜んでいる。
せっかくであるから、建設業や設備工事業に焦点を当てて、現場で起こりがちな現象にフォーカスしてみよう。
1.入札・見積
図面を引き、部材を数え、工程を考え、人工を計算する。
得意なところは自社で、不得意なところは外注を使う。
しっかりと設計できれば、入札の段階である程度の利益が見込める。
ところが、そうは問屋がおろさない。そもそも、自分で設計できない。部品の単価を知らない。現場の入り繰りが頭に入っていないから、人工の都合がつくかどうかもわからない。まあ、出入り業者に適当に外注を頼めばよいと腹を決め、エイヤーっと予定価格の10%切りで札を入れる。
ここは、社長自身がやっていることも多いので、仕方がない部分もあるが、税理士からみると、ハラハラすることこの上ない。外注がいくらで引き受けてくれるかもわからないし、無理に工事をとるから、現場はキツキツである。大震災で、価格が高騰している材料もある。手に入らなければ、納期遅れ必至である。
2.購買
さて、材料の調達に当たろう。
部材を調達するのには、さすがに昨今は相見積が当たり前だ。数社に声をかけ、単価を決め、まあまあ予算内で済みそうだと安堵する。
ところが、工事が進むと、妙に納品伝票が多い。
途中で気付けばまだよいが、放っておくと、支払の段階で何でこんなに高くなった?予算オーバーじゃないか!ってなことになる。
実は、設計にミスがあって延長工事をしていたのに、報告がなかった。
近所の自治会に押し切られて、生コンを別のところに流用していた。
失敗をしてやり直しをしたためにその分二倍の材料費がかかっていた。
検品をしていなかったため、空の納品書に気付かなかった。
現場に侵入者があり、盗難にあっていた。
いろんなことがあるものである。
ちょっと気をつければ、防げるようなことが多い。
3.施工
なんとか現場をやりくりして、作業員は自社で都合することができた。工程をうまくはめ込めば、ロスなく二つの現場を掛け持ちさせることができそうである。
さて、時間通りに現場に行くと、材料が届いていない。どうも材料屋との連絡がうまくいっていなかったようだ。暇をもてあまし、半日無駄にした。
別の現場にまでしわ寄せがいき、人手が足りなくなってくる。 やむを得ず、他社から人工を頼み、単価は叩いたが、コストアップは免れない。残業代も馬鹿にならない。
そのうち、台風が来る。思いがけず、地下水が噴き出し、ポンプでくみ出す業務を別途発注する。しかし、納期遅れに必死になっていた現場監督は、追加工事の請求を忘れる。請求書が来てから気付いても後の祭り。誰も取り合ってくれない。
4.人事・給与
上手に段取を組んだはずだったが、結局残業の嵐。社員たちは、よく働いてくれたから、文句も言うわけにいかない。有給やら、振替休日・代休がたくさんたまって、社員たちは不満の塊である。
でも、工事は赤字だった。賞与は払えるだろうか。遅配しないで給料を払えるだろうか。
5.経理
無理してとった工事だったが、結局は赤字だった。
挙句、支払が途中でかさんだため、中間金では全然資金が足りず、途中で短期の借り入れを行った。
工事見合いのため、工事の入金で返さなければならない。 しかし、返そうと思っても、返す資金がなくなってしまう。 すまん、ジャンプさせてくれ。
こうやって、流動負債がどんどん多くなっていく。 材料は手形で支払う。外注も手形で支払う。
なんだか、暗くなってしまうが、こんな話はそう珍しいことでもない。
そして、まずいのは、ここで一発逆転を狙おうと思ってしまうことだ。
経審でよい点数を取り、大きな工事を狙う。
自分だけではできない専門工事の分野が含まれた工事を、外注を当てにしてとってしまう。
大きな工事は、入札のときに大きな利益を落としやすい。
専門工事の外注には利益をおおかた吸い取られてしまう場合がある。
社長は、このような状況を、仕方がない、と思っておられることが多いように思う。
そして、税理士は、社長の話を聞き、確かに数字がそれを裏付けているから、信じてしまう。
できることはたくさんあるのに。
本当は、もう少しまともな数字が出るはずなのに。
社長が現場のことを知らないケースがある。
私たち税理士は、情報のソースを社長と数字だけに求めてはいけないのだ。
必ず赤字になるような工事なら、最初からババ抜きのババなのだ。
それは引いてはいけない。
①見積りで利益を出す。
②実行予算を立てて段取で利益を出す。
③現場で頑張って効率を上げることによって利益を出す。
CRCの西川先生が見事に表現された。 建設業は、コツコツ利益を出すのが本物なのである。
持ち前の信念と、お客様の役に立ちたいという思いが私を支えている。
なんとか毎日、お客様を励まし続けているような状態だ。
文は、人の心の鏡なり。
小学校の恩師が私にこう、教えてくださった。
文章を読むとき、お客様たちの文章の何と美しいことか。
言葉づかいではない。
誤字があろうと、脱字があろうと、接続詞の使い方が誤っていようと、
底流を流れる美しい言葉は、行間から、時空を超えて私のもとに到達する。
経営者は、孤独なのだ。
一人悩み、苦しみ、閉塞感の中で戦い続ける。
その戦いに勝利したところで、誰もほめてくれるわけではないのだ。
そのくせ負ければ、針のむしろが待っているのに。
私には、あなたたちの気持がわかる。
だって、私も2代目だ。私もお金がなくて苦労をした。私も居場所のない経営者のはしくれだ。
いまだに、苦労を背負い続けている。
お客様たちの美しい言葉に涙しつつ、それでも私は冷静にコメントを書く。
ときには、冷酷非情な宣告を。
ときには、優しい励ましを。
ときには、法律的なアドバイスを。
ときには、合理的な計算を。
頑張って戦うのです。
あなたも、一国一城のあるじ。守るべきものがある大切な人なのです。
戦略智謀の限りを尽くし、戦いましょう。
私は、あなたにしたがいます。
三寒四温というが、寒暖の差が激しいことだ。
昼は、やたらに暑く感じられ、腕まくりをして仕事をしていた。
それにもかかわらず、夜は肌寒い。ストーブが恋しくなってしまう。
政治も、経済も、社会も、何もかもが壊滅した―そんな風にさえ思えてくるこの春―
相変わらず、東京は秋葉原に税理士事務所向けのセミナーに参加してきたが、ちょっとショッキングなことが一つ。
税理士たちが愛想が悪い?ような気がする。
税理士は通常、極めてフレンドリーな人種である。だって、普段は営業職のようなものだ。
人と話し、酒を好み、色を好み?(人による)、しゃべるのが仕事なのだから。
まして、研修に参加するような税理士は、基本的に前向きに何かをつかもうとしている人だろうと思う。
今まで、さまざまな研修に参加しているが、税理士が無愛想だったことはあまり経験にない。
ところが。おとといの研修も、昨日の県庁の検査嘱託制度の説明会も、みんな殺伐としているのである。
ハタと思いついたのが、昨日のコンサルタントで結成しているNPOの理事会の雰囲気。
いつもは明るいメンバーなのに、今日は暗ーい。
今さら思い知らされた。人心がいかに、マイナス思考になっているのか。
当社の周りは、幸いというのか、バカだというのか、全体的に太陽のように明るいが、世の中は、ずんずんと闇におおわれているようである。
帰り道、シャバはこうなのだろうな、と言い聞かせつつ、帰宅した。
いろいろ悩んだ挙句、会社のセールスフォースに記入したのは次のような言葉だ。
「これからますます厳しい時代になるでしょう。
つらい時代だからこそ、苦しいからこそ、正確な会計帳簿が必要になります。
そして、戦略を立て、経営計画を遂行することが必要になります。
アップロードとフェニックスは、車の両輪となってお客様を支えるのです。
崎山の知恵と知識を存分に生かしてください。
一人たりとも、お客様を置き去りにはしません。」
私はお客様には厳しい。
めちゃめちゃ可愛がってくれる方もおられる一方で、私のことを大嫌いになる人もいる。
構わないのだ。好みの問題だから。そして、うちは事務処理会社ではなく、道場だから。
うちのお客様である以上、師範である私の流派にしたがってもらう。
あなたをまもる。
どんなときでも、生き残れる会社にするのが私の使命なのだ。
会社の経営者―といっても、非営利企業の場合には病院の院長だとか、財団法人の理事長だとか、いろいろな呼び名があるわけだが―が経営判断を誤る場合にはいろいろな原因が考えられる。
比較的わかりやすいのは、マーケットの未来を読み間違えるようなケースだが、そのような大きな間違いはその人に判断をゆだねた以上、ある程度はやむを得ないことであり、どうしようもない。
私が問題にしたいのは、今回は判断材料たるべき情報の出自である。
①ヒトによる情報
会社の経営者にはいろいろなブレーンがいて、さまざまな情報を経営者にもたらす。
組織が大きければ大きいほど、全体像を把握するためにはブレーンが必要であり、このブレーンの存在意義はまことに高い。
ただ、高いと一言にいっても、その情報にはいろいろな種類があって、すべての情報が等価値なわけでは決してない。また、次元の違う情報もあり、労務の問題や財務の問題、はたまた商品のクレーム、不良債権など、種々雑多な情報が経営者の下に舞い込んでくるわけだ。
情 報は、それそのものでは特に価値がない。例えば、従業員が不満をもって退職する、という情報は、残念なことに一人の同士が消え去るというだけの事実であ る。退職金がいくらだの、最終給与をどうするかだの、残された業務を誰がどう分担するか、という現実的な処理をすればよいのだ。
しかし、氷山の一角という表現があるように、実は他の情報と有機的な紐つけをすると、水面下に大きな問題が潜んでいることに気付くことがある。
経営者がよほど優秀でない限り、あらゆる情報を察知することは難しく、取巻きのブレーンたちがこのような情報に長けた人でなければならない所以である。
もしも、ブレーンが重要な情報に気付かなければ、社長は必ず判断を誤ることになるであろう。
②カネによる情報
さて、もうひとつ、今度は、質的に非常に誤りやすい判断を示しておこう。
それは、資金繰りと事業の採算との違いである。
笑っちゃいけない。世の中の中小企業は半数以上これを勘違いしている。
多くの経営者は金繰りで会社を回している。カネは会社の血液であり、資金繰りが重要であることは確かである。このことから、「キャッシュフロー経営」という言葉が世に蔓延し、多少いき過ぎのきらいがある。
キャッシュフロー経営は、もちろん悪いことではないが、キャッシュフローだけで経営を判断することは危険なことである。
な ぜなら、キャッシュフローは基本的にどんぶり勘定であり、カネがある、ない、そればかりを追い求めると、事業の分析や採算性を見つめる視点を見失ってしま う。企業が倒産の危機に瀕すると、社長は資金繰りだけで頭がいっぱいになり、冷静な判断を失ってしまうことが多い。その結果、うるさいところにだけお金を 払い、黙っているところには不義理をするようなことになる。そのうち、金融機関や得意先からの信用をまるで失ってしまうのだ。
冷静になって考えてみると、キャッシュフローをよくするには売上だけを回収して、仕入や給料、税金は払わなければよいわけで、そんな会社がいつまでも成り立つわけがない。
カネがあれば、確かに心強い。ついつい、会社の強さをカネの多い少ないで判断してしまうのだ。
カネがあるからもうかっている。うちは調子がいい。
カネがないからもうかっていない。うちは調子が悪い。
こんな判断は、まことに危険な判断なのである。
それを避けるには?
どんぶりでは決してみないこと。
事業を個別に紐つけする分析の視点を冷静にもちつづけること。
表面上の数字に説得されてはならない。数字に潜む裏を読む気持ちが大切である。セールスフォースを当社で導入して約20日たった。
私にとって、これほどおもしろいプログラムはいまだかつてない。
新規のお客様をリードに登録し、その営業過程を如実に記録し、コメントを書きとめ、結果を新規取引開始に移す。ときにはロストすることもある。
また、受注した業務を商談にまとめ、社内原価をリソースから引っ張り出して実行予算を作る。実行予算にしたがって任務を各社員に職務分担し、レビューで皆の結果を集約、報告書にまとめ、依頼者に納品する。実行予算と、現実のコストを比較する。
まさに、興奮の一言である。
ドキドキわくわく。
思ったとおりうまくいくだろうか、という不安感を抱えながらも、必死に業務をこなし、困難をはね返して予定以上の効果を上げる。いかに予算の中でお客のニーズを達成するか。これこそがプロの技である。
大きな会社を経営しろ、といきなり言われても、困ることが多いだろう。
しかし、セールスフォースの中にコンパクトにまとまったデータを処理するのなら話は別である。
こうやって、グループウェアを立体的に使用することによって、顧客情報がどんどん蓄積されていく。
今までの定性的情報は、限りなく定量的情報に変換され、
ヒトに帰属していた暗黙知は、組織に帰属する形式知に変わる。
ヒトが強くなるのではなく、組織が強くなる。
簡単に言うと、プロセスや業務水準がどんどん標準化し、誰がやってもクオリティの高さを維持しつつ、コストとデリバリーをまもることができるようになるわけだ。
中小企業にはこれが必要なのだ。
業務そのものに命をかけ、管理にはコストをかけない。
日本は、高度成長期をこれで乗り越えてきた。
しかし、それは、必ず利益が出たインフレ期の経営にすぎない。
デフレ期は、売上が必ずしもよいものとは限らない。
大切なのは、売上の中でコストをきちんと収め、デリバリーとクオリティを維持することができるかどうかである。
これには、管理が必要だ。
実は、CRMすらも、完全性のリスクを払拭し尽くすことは完全にはできないのだが、その話はまた今度にしよう。
当社には、極めて完成度の高いノウハウが蓄積されつつある。
一緒にやりましょう。ぜひ。
医療情報システム監査というフレームワークが構築されている。
過日、秋葉原で行われたメディスの説明会に参加してきた。
厚生労働省のみならず、総務省・経済産業省まで後援に加わり、熱気むんむんの熱いセミナーであった。
参加者は、医者やメディカル卸、監査法人からITベンダーまで、まことにさまざまな業種の方々が参集し、ホールが満員になる状況。いまどき、こんなにいっぱいになるセミナーも珍しい。
私はセミナーに参加する回数にかけてはおそらく、日本でも有数ではないかと思う。地域も問わず、下手すると国境さえもかえりみず、おもしろそうなセミナーがあれば、馳せ参じる。
自分がかなり耳ドシマになっていることを感じつつ、さまざまな人々の講演や解説を聞く日々だが、中には下手な説明でも重要な内容を含んでいるものもある。今回は、まさしくそのようなセミナーであった。
内容については、またの機会にするとして、今日のテーマは、医業がこれからますます難しくなっていくということである。
昨年の医療法の改正において、点数制度がテクニカルな複雑さを増幅している。そして、この傾向は、高齢化社会と国家的な財政難を背景にした現在、環境的にますます激しいものとならざるを得ないことは明らかである。
当社のクライアントはおおむねどこも順調だ。しかし、どの先生も、口をそろえて、点数制度の矛盾を訴える。患者のためによい治療が、必ずしも点数面で評価されるとは限らないからである。計数的にこれを表現するならば、かけたコストに対して、得られる収入が適正に評価されないということになるわけだ。
営利企業の観点でこれを表現するならば、粗利益率が減少しているということになる。サービスが患者に対して提供されるのに対して、評価は公務員が行うわけで、この三角関係はますます激しくなっていく。
さて、国民皆保険制度が善か悪かという大命題は私ごときが判断すべきものではない。
大切なことは、医業も結局は建設業や飲食業などの民間の産業とさほど変わらない状態に近付いているという事実である。
国は言う。患者に対して、あらゆる善を施し、最善を尽くすのが医業であるとするなら、その帰結はどのようなものであろうか。医者の判断をすべて認め、全部保険診療で賄うべきだというのか?身の程知らずの治療を願う患者の診療まで国に負担しろというのか?全部自由診療にして、お客様からのフィーだけで病院を経営をすればいいじゃないですか!
恐ろしいことだが、国の財政の健全化の大命題の前に、人体も家と変わらない判断をされているのだ。
本当は、アイランド型のキッチンにしたかったのだが、お金がなくて普通の流し台にする。
そんなレベルの話だと思われているのだ。
点数を判断するのが医療を知っている人ならばよいのだが、 大きなマニュアルが作られ、機械的に公務員が判断する。文系の公務員には定量的な判断しかできない。定性的な判断は不可能である。
ここで悲劇がおこる。医師が最善の判断をしたつもりでも、国にはやり過ぎだとか、贅沢だとか映ってしまう。そうするとゼロサムベースで点数が弾かれてしまうことになってしまうのである。早急に、国の評価の仕組みを変えなければならない。
誰もが口にしているが、変化はそう簡単には訪れそうもない。
ここで、病院がとるべき方策は、一つ。
企業経営に準じて、しっかりとコスト計算と資金繰りを行うこと。
この期に及んでどんぶり勘定ではいけない。何にどれだけのコストがかかるのか。性質別では役に立たない。機能別に、部門別に、 しっかりと収支をひも付けすること。出来高と支出をしっかりとひも付けすること。
これがきちんとできている病院は強い。どこをどうすればどう変わるかが見える。
患者の拒否はできないのだが、わかっているのと分かっていないのとでは天と地の差である。
メニュー別の利益が分かる料理店のようなものだ。改善する方法は豊富に思いつくだろうが、どんぶり勘定の料理店では材料をケチったり、人件費をケチるしかない。
材料をケチり、人件費をケチる病院があるとしたら、私はそんな病院には絶対に行かない。どこかで必ずひずみが起き、医療ミスの温床になるからだ。
①勤める人々の満足を図り(従業員の視点)、②病院の収支を守りつつ(経営の視点)、③確実合理的な業務の流れを維持し(業務の視点)、④それで初めて患者の満足が図られる(患者の視点)。
そうだ。この4つの視点は、まさにバランスト・スコアカードの4つのテストそのものである。
①をヒト、②カネ、③モノに置き換えてもよい。
ヒトモノカネは企業の3要素という。三つを支配して初めて企業が維持される。
少しダラダラと書いてしまった。病院にも、ぜひ経営の視点を入れてほしいものである。
それは、何よりも最大の防御方法であるということを先生方にわかっていただきたい。
海流の原稿として寄せたコラムを掲載する。
テーマは「性質別」会計から「機能別」会計への転化についてである。
税理士には頭が痛い話題かもしれないが。
目下、日税連では税理士法改正の話題でもちきりである。納税者の権利憲章制定の動きや、中小企業会計指針の簡易版の制定の動きも活発で、それなりの活況を呈しているように見える。しかし、他方で、多少空虚な思いも禁じ得ない。なぜなら、政権がどうも不安定で政治経済に方向性が見えず、景気向上の傾向も行き場を失ってエネルギーを拡散させているように思えるからである。実体経済のないところで法律や基準をいじってみたところで、その効果は限定的としか思えないではないか。
大局にばかり目を奪われず、足元に視線を移してみよう。実体経済を回復させるキーポイントは、常に中小企業にある。一つ一つの中小企業を回復させていくことが、ひいては国家全体の繁栄に必ずやつながるはずだ。
ダメになる企業の多くは、経営の管理ができていない。横並びの人事評価。確信のない原価計算。作ったような資金繰り表。社員の業務内容を見ないで残業手当だけケチろうとする。棚卸を面倒だと吐き捨てて顧みない。格好だけ役員報酬を減額しても、役員借入や役員貸付でキャッシュを抜いていく。生活習慣病と同じで、日々の生活態度の集積はやがては重篤な資金ショートという疾患をもたらす結果となる。
得てしてこのような企業は、費用を「性質別」に管理している。電話をしたから通信費。給料だから人件費。手数料を払ったから支払手数料。などなど。インフレ期はそれでまかり通ったであろう。一生懸命仕事をすれば必ず利益が出たからだ。しかし、現在の企業の経営がそれで成り立つか。部門別に収入と支出を紐付けし、採算性を常にチェックしつつ、早期に撤退や資源集中を繰り返すこと。売上が必ず良いものとは限らないのである。今や、「機能別」の会計でなければ無意味であると言っても決して過言ではない。
税理士は、専門職であると言われている。しかし、会計ソフトがこれほど安価に手に入るようになった時、「性質別」の帳票では専門的価値はない。われわれは、専門性の言葉にあぐらをかいてこなかっただろうか。育てなければならない大切なクライアントを、逆に甘やかしてスポイルしてこなかっただろうか。自らの税理士業務のあり方に、内心忸怩たるものがある。
不況に強いクライアントは、機動性が高い。常に新しいことにチャレンジして、失敗もたくさんしている。実は、失敗することはリスクではない。常に採算をチェックして、早期に撤退することさえ可能ならば、失敗の損害を最小限に抑えることができる。失敗しないことこそが真のリスクなのだ。それは、生きながらにして老衰の道を歩んでいることに等しい。新しい努力をし続けて初めて、売上が前年並みに維持されるということは、税理士ならばだれでも学ぶであろう経験則の一つである。
もちろん、向こう見ずを推奨する気はない。チャレンジの前提になるのは、「機能別」の会計帳票である。これがなければ採算をチェックすることもできない。また、新しいチャレンジ成功の期待値を弾き出すこともできない。工程を組み立て、実行予算が作れなければ人の業務分担すら決めることができない。
税理士事務所に頼まなくても、自分でちゃんとやっているよ、とおっしゃる社長もおられるが、気をつけなければならないのは、原価の漏れと一般管理費の増加である。新しい事業計画を見せてもらう機会も多いが、多くの場合、粗利計算だけで組み立てられており、その原価にも漏れがあることもある。また、ロスの発生見積もりが甘いものなども散見される。そればかりか、「忙しいのに、いったい誰がやるんですか!」と、社員から不満が爆発することも少なくない。
税理士事務所は何でもできるわけではないが、少なくともわれわれの作る帳簿は網羅性・検証性・秩序性を兼ね備えた正規の簿記であり、また費用収益対応をきちんと踏まえて作成する。「帳簿は金を生まない」とは、中小企業の昔からの風土であるが、私は今、あえて、声を大にして叫びたい。「帳簿は金を生む!」聞くところによれば、記録するだけでダイエットができるという。毎日の記帳も企業を必ずよくする。それは、戦場におけるヒットアンドアウェイ戦法を可能とするからなのである。